TMI-2での内部調査、デブリ取り出しの概要
ここでは、米国スリーマイル原子力発電所2号機(TMI-2)事故での事故炉のクリーンアップ作業や燃料デブリ取り出しについての総括レポート[1,2,3,4など]の概要、および関連する文献の概要を紹介する。事故後の原子炉圧力容器(RPV: Reactor Pressure Vessel)内でのデブリ堆積状態や分布については、別項目(TMI-2事故炉の状態まとめ)に概要を示した。初めて本ページを見られる方は、そちらの項目もご参照いただきたい。また、内部調査とデブリ取り出し経過の概略は、簡略版として別項目にまとめたので、先にそちらを読んでいただくと、本項目をより理解しやすくなると思われる。
TMI-2のクリーンアップ作業は、およそ4つのフェーズに分かれて行われた[2]。
- プラント安定化フェーズ(1979~1980頃)
- 事故で発生した放射性廃棄物対策(1980~1983頃)、滞留水対策、汚染物対策
- 除染作業(1981~1985頃)、原子炉建屋内雰囲気の環境放出、入域開始(1980年7月)、総合除染試験(1982年3月)、環境改善、初期の内部調査(Quick Look: 1982年7月)
- 破損燃料とデブリの取り出し(1984~1990頃)、取り出し工法の決定(1984年5月)、取り出し開始(1985年10月)と進捗、クリーンアップ完了(1990年3月)
このうち、破損燃料とデブリの取り出しでは、実行可能なプランにより(ALARA: as low as reasonably achievable)、事故に起因する放射性物質のハザードを許容可能なレベルに低減することが目的とされた。クリーンアップ作業の進捗にともない、優先度と最終目標が修正された。例えば、一次系の除染作業は高線量のため遅延し、最終的に、プラント解体時までは実施しないこととされた。
RPVの内部調査や、デブリサンプルの採集と分析については、事故時プラントデータからの予測や解析モデルからの推定における落とし穴を避けるために実施する必要があるが、高コストのため重要性と優先度を十分に検討すること、これらのデータ取得は廃炉をサポートすることが第一義の目的であり、科学的な興味にはケースバイケースで対応すること、等が、クリーンアップ作業の初期に共有されている。
燃料の再臨界性については、RPV内を約3500ppm以上の濃度のホウ酸水で満たして制御することが決定された。収納缶に回収した後は、品質管理と形状管理が行われた。
核物質の計量については、通常の方法が利用できないため、回収したデブリの重量測定と収納缶の個数管理による近似値で管理され、最終的に、クリーンアップ作業後のサイト内にで、どこにどの程度残留しているのかを計量し、回収量が逆算されることとなった。
核燃料を多く含む廃棄物は、炉心デブリと定義され、燃料棒成分と制御材や構造材等の混合物とされた(#TMI-2では、RPV内のデブリについて、主に炉心デブリと呼称されている)。
破損燃料と炉心デブリの取り出し(Defueling)工法は、1984年5月に決定され、1985年10月から取り出し開始された。1989年12月にRPV内からのデブリ取り出しが完了し、1990年3月にRPV内の最終クリーンアップ作業が終了した。クリーンアップの完了にあたっては、残留する燃料成分の計量について精密な検出方法を採用することは現実的でないことから、ビデオによる目視調査と線量測定の組合せが多く採用された。解体・撤去された炉心下部構造物への付着デブリやRPV内の残留デブリ、一次系の付着デブリなどをすべて回収することは、現実的でないとして実行されなかった。これらの最終的な扱いは、プラントの最終解体時まで決定が延期されることとなった。また、大きな構造物(圧力容器ヘッド、上部プレナム構造物)は、格納容器内に貯蔵し、プラントの最終解体時にその扱いが決定されることとなった。
TMI-2でのデブリ取り出しへの取り組み(全体まとめ)
図1に、燃料デブリ取り出しの実施計画、内部調査、取り出し作業のおよその時系列を示す(#この図は、どの時期に、どのような情報に基づいて、TMI-2炉での内部調査やデブリ取り出しが進められたのかについて、様々な文献にある記述を整理しなおしたものである)。1979年3月に事故が発生した直後約1年強の期間には、主に、プラントの安定化措置が行われた。1979年11月から、格納容器内にビデオカメラと線量計が挿入され、遠隔で画像調査と線量測定が行われた。他方、事故時に発生した滞留水のうち、補助建屋の滞留水は、有機樹脂とフィルターからなるEPICOR-IIシステムによって処理が開始された。NRCによる承認を経たのち、1980年6月に、格納容器内の雰囲気の制御条件下での環境放出が行われ、残留していたKr-85が放出された。これ以降、人工呼吸システムを装着しての格納容器内立ち入りが開始された。初期の格納容器内作業により、ビデオ・写真撮影、線量測定、不用品の撤去、除染・遮蔽作業、などが行われた。
1980年10月に、事故炉クリーンアップと燃料・炉心デブリ取り出しに必要となる技術開発の基本計画・構想が提示された(GEND-001レポート)[5]。1981年3月には、燃料取り出しについて基本ポリシー(PEIS: Programmatic Environmental Impact Statement)[6]が提示された。技術的な判断根拠となる事故炉の状態予測については、1981年5月にGEND-007レポートに、RPV内部調査開始前の推定として、とりまとめられた[7]。RPV内部調査が開始される前は、炉心中央上部で燃料集合体が若干損傷し、被覆管が酸化しているものの、それ以外では燃料集合体が本来形状をほぼ維持しているという推定が主流であった。そこで、本来形状の燃料集合体一体を格納できるサイズを有するFuel収納缶(外径35cmΦ、全長3.7m)が設計された。また、通常の燃料交換と同様の方式で、RPVヘッド周辺の燃料移送Canalを水没させ(あるいは大気開放のままで)、本来形状を維持した燃料集合体や損傷した燃料集合体を吊り上げてFuel収納缶内に回収し、燃料移送Canalの最深部を経由して、隣接する燃料取り扱い建屋の使用済み燃料プール内に移送、保管するという燃料取り出しの基本概念が示された[1,2]。この基本概念にもとづいて、複数の工法オプションについて検討が行われた[1,2]。
これらの基礎検討でカギとなるのは、通常の燃料交換に類する方式で破損燃料を吊り上げて取り出せるかどうかであった。また、そのための関門となるRPVヘッドと上部プレナム構造物を、通常の吊り上げ工法で撤去可能かどうかが課題とされた。そこで、RPV内の上部(上部プレナム構造物内、炉心上部、等)の状態を観測することが優先され、Quick Look調査が行われた(1982年7月)[8]。Quick Look調査により、炉心上部では炉心中央から炉心中間にかけて燃料が崩落し、上部空洞が形成されていること、崩落した燃料が瓦礫状や粒子状でその下に堆積していること(デブリベッド、上部ルースデブリ)、炉心周辺部では破損した燃料集合体が本来形状を一部維持しつつ残留していること(周辺残留燃料)、上部格子板の一部には燃料集合体の上部(上部端栓など)が固着して残留していること、などが明らかになった。一方で、上部プレナム構造物に大きな損傷は見られず、若干の付着物が見られるが、当初予想に比べて線量が低いことが確認された。そこで、RPVヘッドと上部プレナム構造物については、大気中で吊り上げて撤去できるかどうかを判断するために、Underhead Characterizationが進められ、内部の線量分布や損傷状態、付着物の状態が調査された[1,2,9]。また、RPVヘッド撤去に向けて、ヘッド移動時の障害になる制御棒リードスクリューの中間位置までの吊り上げ、ポーラークレーンの再起動試験、一次系冷却水水位の低下、ヘッド周辺の除染や不用品の撤去、ヘッドスタッドの緩め作業、冷却水循環処理系の準備、などが進められた[9]。なお、これらの作業における作業員被ばく抑制と、様々な除染技術の効果を確認する目的で、1982年3月に原子炉格納容器内の総合除染試験が行われた[10]。高圧水、低圧水、有機物貼り付け/はがし、などの除染方法により、局所的にはDF100近い除染効率が得られたが、格納容器内全体では、汚染の再拡散、放射性微粒子の飛散、高汚染領域(建屋地階)からのシャイン、等の効果により、大きな除染効果は得られなかった。そこで、総合除染試験以降は、大きな効果が期待される場合にのみ除染を行うこととされ、不用品の撤去や高線量領域の遮蔽に重点がおかれることとなった。高汚染で作業員が近づくことができなかった原子炉建屋の地階に関しては、遠隔ロボットにより汚泥サンプルが採集された[1,2]。
一方、炉心上部については、デブリ取り出し工法の決定や取り出しツール設計に向けて、上部空洞と上部ルースデブリの調査が進められた。1983年8月には、新たに設計された超音波探査プローブを用いたCore Topography調査が行われ[11]、ビデオ調査では正確に測定できない位置関係や距離のデータが取得された。得られた点群データに基づき、炉心上部の3Dマップが作図され、3D模型が製作された[11]。また、上部ルースデブリについては、数cm径のSS製の棒を用いた探針調査が行われ、デブリベッドの深さが1m以下であり、その下にはハードストップが存在することが明らかになった[1,2]。さらに、炉心中央と炉心中間で、深さ方向に異なる位置から、合計11個の上部ルースデブリの採集と分析が行われた[12]。分析の結果、上部ルースデブリ中のデブリ粒子成分は5群に分類(未溶融or破損した燃料ペレット、酸化/破損したジルカロイ被覆管、溶融凝固した二酸化物:(U,Zr)O2、金属系構造物が溶融凝固した粒子状の金属デブリ、構造材の酸化物と燃料デブリの反応物)されるが、粒度分布は比較的均質であること、デブリベッドの表面に比べ底部でかさ密度が大きいこと、約90%の粒子が1~5mmサイズであること、などが明らかにされた[12]。また、デブリサンプルの微細組織観察により、デブリ崩落時の最高温度は>2810K(局所的に>3120K)と推定されたが、一方で、本来形状を一部維持した破砕ペレットが多く見つかっており、上部ルースデブリ全体としては2000~2200K程度(あるいは、デブリ溶融する高温に到達していたとしても、極めて短い時間)であったと推定された[12]。
デブリ取り出し工法については、主に2つの概念に基づいて検討が進められた(遠隔自動ロボット方式、長尺ツールを用いたマニュアル方式)。遠隔自動ロボット方式では、通常の燃料交換と同様に燃料移送Canalを全水没させ、RPV内部にデブリ破砕装置や真空吸引ヘッドを装荷して、破砕したデブリを燃料取り扱い建屋側まで吸引・移送することが検討された[1,2]。マニュアル方式では、燃料移送Canalはできるだけ水没させず、RPV内の水位を上昇させて水中作業スペースを確保し、RPV上部に遮蔽付きのプラットフォームを設置して、そこから作業員による長尺ツール操作でデブリを回収することが検討された[1,2]。マニュアル方式では、RPV内でデブリを装荷した収納缶を、クレーンでプラットフォーム上まで吊り上げ、表面除染と遮蔽を施して、燃料移送Canal最深部まで移送し、そこで再度水没させて燃料取り扱い建屋に移送する計画であった。いずれの工法においても、粒子デブリや粉末デブリを回収する必要があるため、Fuelタイプ収納缶と同じ外寸でKnockout収納缶、Filter収納缶が設計された[1,2]。また、RPVヘッド撤去、上部プレナム撤去、上部ルースデブリ取り出し、に関する、様々な安全評価が行われた(臨界性、除熱性、取り扱い性、FP飛散対策、重量物落下対策、など)。これらの過程で、技術アドバイザーグループ(TAAG)、および、NRCから、上部プレナム付着デブリや上部ルースデブリの自然発火可能性の確認が重要課題として示された。
Underhead Characterization、上部空洞調査、上部ルースデブリサンプルの分析、等に基づき、1984年5月に、デブリ取り出し工法が決定された[13]。この決定により、RPVヘッドは汚染拡散防止対策を施して大気中で撤去すること(Dirty Lift)、上部プレナム構造物はDirty Liftが可能かどうかを確認すること、燃料デブリ取り出しはマニュアル工法で実施し、長尺ツールを使ったPick-and-Place方式と真空吸引ノズルを用いた真空吸引方式が併用されること、が決定された。工法決定の主な理由として、(1)汚染範囲の抑制、(2)汚染水処理量の抑制、(3)ロボット方式の信頼性/メンテナンス性の低さ、(4)炉心下部や下部プレナムのデブリ取り出しにおける自由度の確保、(5)作業員被ばくの抑制、等が挙げられている[1,2]。これにより、1984年7月に、放射性物質の飛散防止対策(ヘッドブーツ装着、ホウ酸水ミスト系整備)、ヘッド貯蔵スタンド周辺の遮蔽を施した上で、ポーラークレーンを使ってRPVヘッド撤去が行われた[9]。上部プレナム構造物については、いったん約18cmジャッキアップを行い、一体物として撤去できるかどうか、Dirty Liftできるかどうかが調査されることとなった(プレナム初期リフト)[14]。
上部プレナム構造物については、当初は、通常工法と同様に燃料移送Canalをすべて水没させて、水中で撤去する工法が検討された[15]。しかし、この工法では、汚染範囲が拡大し、汚染水の処理量が増大すること、建屋内の高台(Dリングの上)からの距離の遠い遠隔作業になること、などが課題とされた。そこで、初期リフトでジャッキアップし、損傷や汚染の状態、デブリの付着状態が確認された(1984年12月)。併せて、付着デブリや上部端栓の除去作業が行われた。その結果、完全に遠隔で行うことで、Dirty Lift可能であると判断された[14]。一方、プレナム構造物の貯蔵については、高線量であるため、貯蔵スタンド上の乾式貯蔵ではなく、Canal最深部の水位を上昇させ、水没させて貯蔵することとなった[14]。当初は、プレナム構造物をソフトバリアでラップすることが計画されたが、できるだけ付着デブリを除去すること、Canal最深部の冷却水を循環処理することで、ソフトバリアは使用されないこととなった。プレナム最終リフトは、1985年5月に実施された[14]。また、RPVヘッド取り外し後に、高線量の上部プレナム構造物を水遮蔽し、かつ、RPV内で燃料デブリを収納缶に格納するための作業スペースを設けるために、圧力容器の上部にIIF(Internals Indexing Fixture)という、高さ約2mの円環形状の構造物が設置された[9]。燃料デブリ取り出し作業は、IIFの上に回転式遮蔽作業台(SWP: Shielded Working Platform)を取り付け、そこからの長尺ツールを用いた手作業で行うこととされた[1,2,13]。プレナム構造物の撤去にあわせて、SWPが設置された。他方、プレナム初期リフトで形成された炉心槽周辺の円環領域を通じて下部プレナムのビデオ調査とサンプル採集が行われた(1985年2月、7月)[16]。その結果、下部プレナムの周辺部分では構造物がほぼ損傷していないこと、一方で、下部プレナム内に表面が粒子状のデブリが約10~20トン堆積していることが明らかにされた。
1985年1月に、炉心デブリ取り出しの最終デザインレビューが行われ、1985年10月から上部ルースデブリの取り出しが開始された[1,2]。まず、上部ルースデブリベッド上に崩落・堆積していた上部端栓や燃料集合体上部がFuel収納缶に回収、あるいは、炉心周辺部に移動された。また、周辺部に残留していた燃料集合体の状態や上部ルースデブリ表層の状態がビデオ調査された[17]。周辺部の燃料集合体は、ルースデブリベッドの上に倒され、収納缶に入るように切断されることなった。1985年12月に、上部ルースデブリについて、Pick-and-Place工法と真空吸引工法の組合せで回収が開始された。デブリ取り出し開始後1か月ほどのうちに、冷却水中で微生物が繁殖し、透明度が極端に低下する障害が発生した[1,2]。その原因は、事故時に炉心冷却のために河川水が用いられ、そこに存在していた微生物が、油圧式のデブリ取り出しツールで用いられていた作業油を餌として増殖したため、と考えられた。圧力容器内の光源や温度環境も微生物繁殖に適していたと考えられた。冷却水の透明度が10cm以下となり、デブリ取り出し作業はブラインド操作で行われたため、当初予定より遅延した。冷却水の水質トラブルは、油圧ツールの作業媒体を交換すること、冷却水の浄化システムを導入することで、1986年5月末までには改善された[18]。
上部ルースデブリは、長尺ツールを用いて瓦礫状のデブリをデブリバケツ中にいったん回収し、それをFuel収納缶の上部に漏斗状の構造物をとりつけて、上から投入するという方式で回収された。また、粒子状や粉末状のデブリについては、真空吸引システムが使用された。しかし、Knockout収納缶、Filter収納缶でつまりが多く発生し、予め設けてあったバックフラッシュ系統を使っても、十分につまり除去できなかった。このため、真空吸引方式の稼働率は高くなかった。他方、ブラインド作業でデブリ取り出しが進むと、炉心の周辺部に残留していた燃料集合体の下部内側に、瓦礫状の燃料デブリや破損燃料棒などが凝集固着している円環状の構造があることがわかってきた(燃料集合体一体分程度の幅)。これは馬蹄形リング構造と称された[19]。冷却水の水質改善に伴って、馬蹄形リング構造の全体像が明らかになり、ビデオ調査が行われた。この知見は、事故進展の推定やコアボーリング計画の具体化に利用された。上部空洞の周辺では、約40体の燃料集合体が残留していたが、ほぼ無傷な2体を除いて、部分的に溶融しお互いに固着していることが確認された。この段階(1986年上期)で、炉心中央下部から下部プレナムにかけての領域以外について、炉内状態がほぼ明らかになった。まだ、調査が行われていない炉心中央より下の領域については、事故進展解析の結果と炉内状態に関する知見に基づき、上部ルースデブリ下のハードストップ以下に、溶融凝固デブリ層や切り株状の燃料が存在している可能性、その境界にクラスト層が形成されている可能性、炉心部から溶融デブリが下部プレナムに移行した可能性、等が推定された。そこで、次の段階での燃料取り出し対象領域となる、炉心下部の状態を調べるために、コアボーリング計画が進められた[20]。
1986年6月に、上部ルースデブリがおよそ回収された後で(#この時点では、馬蹄形リング構造や周辺部の燃料集合体はほぼ残留)、SWP上にコアボーリング装置が設置され、1986年7月にボーリング調査が計10か所で行われた。10か所のうち9か所でボーリングサンプルが回収された。また、3か所では下部炉心構造物(LCSA: Lower Core Support Assembly)の貫通に成功した。ボーリングサンプルの分析、および、小型ビデオを挿入してボーリング孔側面を観察することで、ハードストップ層の下には、上部クラスト、溶融凝固層、下部クラスト、切り株燃料集合体という成層化構造が形成されていることが明らかにされた[20,21]。ボーリングサンプルの分析により、溶融凝固層は多孔質でもろいセラミック相と金属相で形成されており金属相の体積割合が約15%であること、上部クラスト層は溶融凝固層と構成成分が類似するが金属相の体積割合が大きいこと(約25%)、下部クラスト層は上部で溶融崩落した金属成分(制御棒材、構造材(SS、インコネル)、燃料被覆管)が、事故時に炉心内で形成されていた冷却水水位の直上あたりでいったん燃料棒の隙間に堆積して冷却水流路を閉塞し、さらに燃料被覆管を溶融凝固して形成されたこと、などが推定された[21]。
クラスト層以下の燃料デブリ取り出しについては、コアボーリング装置の先端ピットを硬い固体材料に交換して掘削することで、燃料デブリを破砕してから収納缶に回収するという工法が採用された[18]。溶融凝固層の破砕作業は、1986年の下期に2度にわたって実施された(スイスチーズ化)。破砕されたデブリは、主にPick-and-Place方式で回収された。また、ボーリング調査やスイスチーズ化の過程で、瓦礫状や粒子状のデブリの一部がLCSAや下部プレナムに崩落・移行した。また、この頃から、粒子状/微粉状のデブリ回収用に、真空吸引方式にかわり、エアリフト装置が導入された[22]。次に、周辺燃料集合体が倒されてシャーリングで切断され、収納缶に回収された。馬蹄形リング構造も破砕され回収された。切り株燃料集合体の回収では、吊り上げ用のツールが設計製作され、一体ごとに下部格子グリッドから引き抜かれた[23,24,25]。炉心部からの切り株燃料と破砕デブリの取り出し作業は、1987年に進められた[22]。他方、切り株燃料取り出し過程で、溶融デブリの下部プレナムへの移行経路が明らかになった[22]。溶融デブリの一部が、炉心南東側で上部炉心構造物(UCSA: Upper Core Support Assembly)のバッフル板に穴を開けて、その内部(コアフォーマ領域)に侵入し、さらに下部プレナムに移行したことが確認された[16]。1987年10月に、バッフル板の破損開口部からファイバースコープ、小型ビデオ、放射線計測器を挿入し、コアフォーマ領域の調査が行われた[22]。その結果、コアフォーマ領域の広範囲に約4トンのデブリが侵入していることが明らかになった。他方、1987年3月に圧力容器内部の最終状態の推定図が示された[1,2]。1987年12月に、炉心部からの破損燃料と炉心デブリの取り出しが完了した[22]。

1988年から89年初頭にかけて、主に、LCSAの解体撤去と付着デブリの除去、さらに、UCSAの解体撤去と付着デブリの除去が行われた[26,27]。これらの構造物の解体には、先端ビットを交換したコアボーリング装置とアーク切断装置(ACES: Automated Cutting Equipment System)が使用された。他方、この時点までに、圧陸容器内の最終状態と事故時のデブリふるまいはほぼ解明されたが、下部プレナムデブリの深さ方向の堆積状態の変化、デブリと下部ヘッドの相互作用は未解明であったことから、下部プレナム領域の超音波探査と下部プレナムデブリの探針調査が行われた[27]。下部プレナムデブリは表層のルースデブリと下層のハードデブリにおよそ大別された。1989年には、下部プレナムハードデブリの破砕と回収が行われ、1989年12月にはRPV内からの炉心デブリの回収が完了、1990年1月には、圧力容器内のクリーンアップと残留デブリの調査が行われた[27,28]。調査の結果、燃料物質の回収率は初期インベントリの99%以上と見積もられた。残りの1%弱は、冷却水処理系のフィルターや各種タンク類への残留、圧力容器壁に強固に付着、などと評価された[28]。下部ヘッドについては、炉心下部の燃料デブリ取り出しの際に、内側のライナー層に亀裂が観測されたこと、また、インコアモニターの溶融が見られるホットスポットが存在したこと等により、国際協力(VIP計画)により下部ヘッドサンプルの採集(1990年2月)と分析、また、下部プレナムハードデブリの分析が行われた[29]。1990年3月に最終検査が行わえ、1990年4月から長期管理モードに移行されることとなった[28]。
TMI-2での破損燃料集合体と燃料デブリの取り出しでは、内部調査や燃料デブリ取り出しのために新たに開発した機器・設備について、様々なトラブルが発生した。文献[1,2,3など]には、研究開発プロジェクト向けにはまったく整備されていなかった許認可・規制の下で、トラブルに対応した経緯が記載されている。また、重要な判断ポイントで、知見・データの不足やミスリーディングな知見・データでの対応をせまられた経験も記載されている。例えば、事故炉建屋の封じ込め領域の線量は、事故直後には>10mSv/hと予想されていた。一方で、圧力容器内部の破損状態は実際よりかなり軽微と推定されていた。内部調査で観測された実際の状況は、しばしばこのような事前の予想と大きく異なっていたと報告されている[1,2,3]。1980年の最初の建屋内立ち入り調査で、格納容器内の空間線量は1-2mSv/hで、当初予想よりはるかに小さいレベルであることが確認された[30]。格納容器内で実施された初期の環境改善作業により、炉心デブリ取り出しに向けた準備作業期間では、空間線量は0.4~0.8mSv/hまで低減された。さらに、炉心デブリ取り出し開始の段階では、0.1mSv/hの環境で作業できるようになった。一方で、Quick Look調査では、得られた情報は圧力容器の上部(上部プレナム構造物内、炉心上部)に限られていたにもかかわらず、その観測結果に基づいて、圧力容器内の破損状態の推定、および、デブリ取り出し計画が大きく修正された経緯が記されている。当初計画では、燃料集合体が多く残留していると推定されたため、それを格納できるFuelタイプ収納缶が設計されたが、実際には粒子状やスラリー状のデブリが多く存在していたことから、収納缶の外形サイズを変えずに、Knockoutタイプ収納缶(粒子用)、Filterタイプ収納缶(粉末用)が追加設計された。工程を確定するまでの過程の教訓として、先進的な手法で得られる現場観測データが最も重要であることが指摘されている[1,2,3]。一方で、機器・手法開発と現場適用のバランスの重要性、つまり、先進機器・手法による現場データ取得のためには、開発エフォート、コスト、時間、作業員の被ばくなどを消費する必要があり、実際に取得されたデータがどの程度現場の作業計画や工程に反映できるのか、というジレンマが常に存在したことが指摘されている[1,2,3]。判断のために本質的に必要な現場観測データというものは必ず存在していたとも記述されている[1,2,3]。
また、十分にわからない現場、多くの技術的課題、予算手当、情報公開、原子力安全に向けた情報収集ニーズが混在するプロジェクトを計画し完遂するには、最適解が見つからない状況で決断する必要があったと指摘されている[1,2,3]。プロジェクトの方向性や運営は、燃料デブリ取り出し工程がマイルストーンに到達し圧力容器内部の理解が深まるたびにしばしば変更された。最初の数か月は、プラントを安定させるために、アドホックな対応がなされた。150の企業の代表者がオンサイトに集まり、GPU社をサポートした。次の数年間は、古典的な方法が、内部調査、除染、デブリ取り出しの計画立案などに用いられた。1985年10月にデブリ取り出しが開始された後、新たな課題に次々に遭遇した。重要課題の一つが冷却水の透明度不足であり、その解決にほぼ1年を要した。このような工程では、工程運営の自由度が重要であり、燃料デブリ取り出しと搬出に向けたタスクオリエントな運営組織体を再編成したことが報告されている[1,2,3]。デブリ取り出し過程で得られた知見は、細かくレポート群としてまとめられ、貴重な知財として公開されている。GENDレポートは、GPU社、EPRI、NRC、DOEの専門家が協力して作成した報告書群であり、4社の頭文字がレポート名となっている。
なお、TMI-2の内部調査とデブリ取り出しの時系列の綱目に、TMI-2事故の圧力内部調査とデブリ取り出しの主要イベントの時系列を示す。
燃料デブリ取り出しの基本構想
燃料デブリ取り出しの基本設計
燃料デブリ取り出し工法は、Quick Look調査、Underhead Characterization、上部空洞の調査、上部ルースデブリやリードスクリューの分析結果、などで得られた知見に基づいて、1984年5月に決定された[1,2]。図2に基本構想の模式図を示す[1]。基本構想は、主に以下の項目からなっていた。
- RPVへのアクセス: 燃料移送Canalは最深部以外は水没させず、Canal浅瀬部分をダムで区切ってドライ環境に維持し、作業スペースとして利用
- IIF (Internals Indexing Fixture): 約3.7m長のFuel収納缶内に、冷却水中でデブリを収納するための作業を行うスペースを設けるため、また、炉心デブリを十分に遮蔽するため、RPVヘッドと上部プレナム構造物を取り除いた後に、高さ2mの円環状構造物(IIF)を設置し、水位をかさ上げ
- SWP (Shielede Work Platform): デブリ取り出しの長尺ツールや、デブリ収納缶などを吊り下げる回転式の作業台を、IIFの上部に設置
- 燃料デブリの回収と移送: 燃料デブリは、冷却水中でFuel収納缶に回収、SWP上で遮蔽ベルで覆ってから、RPV上に吊り上げ、燃料移送Canal最深部で再度水没
- 収納缶の貯蔵と構外輸送: 収納缶は、原子炉建屋内の燃料移送Canalの最深部にいったん貯蔵、隣接する燃料取り扱い建屋の使用済み燃料貯蔵プールに移送して貯蔵。さらに、構外輸送キャスクに装荷して、列車でINELに移送
- 真空吸引システム: SWP下に、真空吸引ポンプとKnockout収納缶、Filter収納缶を取り付け、ノズルで粒子デブリを吸引して回収
図3に、燃料デブリ取り出しシステムの概要を示す[2]。収納缶(図中(d))は、カルーセル式のサポート(図中(c))に複数本取り付けられている。また、カルーセルは縦方向に数か所位置を可変できるようになっていた。粒子デブリを吸引するための真空吸引システム(図中(e))が設置されている。SWPは1985年8月に設置され、運転開始した。図3中の記号は、それぞれ、(a)IIF、(b)SWPの支持台、(c)カルーセル、(d)収納缶、(e)真空吸引システム、(f)ジブクレーン、(g)長尺ツール、を示す。
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図2 TMI-2炉での燃料デブリ取り出しの基本構想[1]
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図3 TMI-2炉での燃料取り出しシステムの構成[2]
燃料デブリ回収システム
燃料デブリ取り出しには、以下のような装置やツールが用いられた。
SWP: 図3参照。改良IIFの内側にはホウ酸水が注入され、冷却水水位は、Canal浅瀬面より約2m上に維持された。SWPの支持構造がモーター駆動で回転することで作業プラットフォームが回転するシステムとなっている。また、キャニスターカルーセル(Canister Carousel)の周囲に3タイプの収納缶が装着され、作業進捗にともなって収納缶の位置が下げられる構造となっている。デブリが収納された収納缶は遮蔽キャスク(遮蔽ベル)内にまで吊り上げられる。デブリ取り出し作業のための複数の長尺ツールとカメラがSWPから圧力容器内に吊り下げられている。[1,25]
収納缶: 図15参照(後述)。3タイプの収納缶(Fuel収納缶, Knockout収納缶, Filter収納缶)が設計された。3タイプの外形寸法は同じであり、約35cm径、約3.8m長で、外管の肉厚は0.635cmであった。Fuel収納缶が基本形であり、燃料集合体がそのまま収納できる内容積を持っている。実際には、破損した燃料集合体や瓦礫状の燃料デブリが相互に固着していたりしたため、この内径では使い勝手が悪かったことが報告されている[1,2]。収納缶の内部に中性子吸収剤と可燃性ガス用の触媒が配置され、収納缶内部は希ガスで封入される構造となっている。収納缶の上部には、デブリ乾燥処理などのための各種接続ポートが取り付けられている。Knockout収納缶は、140ミクロンからペレットサイズの粒子状デブリを真空吸引回収(収納缶内で遠心分離)するために開発された。最大装荷量は817kgであった。Filter収納缶は焼結金属フィルターを真空吸引ラインに取り付けることで、0.5ミクロンまでの微粒子デブリを回収できる設計であった。[1,26]
デブリバケツ: 収納缶に入れる前にデブリバケツ内でデブリの形状を整えることで、収納缶に入れるデブリの物量を最大化するために用いられた。また、粒子状のデブリを収納缶の入り口にまで持ち上げることにも利用された。上からデブリを入れるタイプと横からデブリを入れるタイプのデブリバケツが設計された、デブリバケツのサイズは収納缶の内径にフィットするように設計された。[1,27]
オフガスシステム、DWCS: 作業員の被ばく抑制のため、SWPからIIF内に向けて差圧で吸気し、フィルターを通して建屋外に排気するオフガスシステムと、放射線量低減と水質浄化のために、冷却水クリーンアップシステム(DWCS: Defueling Water Cleanup System)が設置された。DWCSは、圧力容器内の冷却水、および燃料輸送Canalと使用済み燃料プールの冷却水用の2系統であった。(#圧力容器内の冷却水の水質浄化は大きな課題であり、圧力容器内の冷却水用のDWCSの改良が行われた。)
長尺ツール: 燃料デブリの回収には、引っ張り、つかみ取り、切断、すくい取り、破砕などの作業が必要であり、各種長尺ツールの開発が行われた[25,31]。主なツールとして、以下が、デブリ取り出しの初期から用いられた。
- 油圧式カットソー: 構造物やデブリを切り出し、デブリバケツや収納缶に入るような小サイズにするツール
- 油圧式チゼル: 固い物質を破砕するツール、叩く方向は垂直方向から水平方向まで可変可能で、異なるサイズの先端に交換可能
- 油圧式シュレッダー: 燃料棒とスペーサーグリッドの切断に使用するツール、SWPから冷却水中に吊り下げて使用
- マニピュレーター: 上記のツールを動作するために使用
- ウォータージェット切断システム: 水中で硬い物質を切断するために使用(研磨剤は使用する場合としない場合あり)
- ビデオカメラ: マニピュレーターの遠隔動作のために使用
コアボーリングマシン(CBM): 内部調査で上部ルースデブリの下に硬い層が存在することが明らかになったため、コアボーリングマシンを改造して、溶融凝固デブリ層を破砕する作業が行われた。このマシンは、炉心下部構造物に穴を開けたり切断するためにも使用された。
アークプラズマ切断装置(ACES): 炉心下部の構造物や下部プレナムデブリ、さらにコアフォーマ領域の解体用には、アークプラズマトーチが使用された[1]。トーチ先端は、X-Yブリッジ上で、5軸方向に位置を調節できる構造であった。
真空吸引システム: 粒子状(最大でペレットサイズ程度)およびスラリー状のデブリを回収するために、圧力容器内に真空吸引システムが設置され、1985年12月から稼働した。真空吸引システムは、SWPから吊り下げられた。吸引ノズルはフレキシブルホースにより収納缶に接続された。回収された燃料デブリは、まずKnockoutタイプ収納缶を通過させて粒子状の物質が回収され、ついでFilterタイプ収納缶を通過させて0.5ミクロンより大きいサイズの粉末が回収された[1]。つまりが多く発生したため、工程の途中からは、冷却水循環システム(DWCS)のフィルターとしての利用が主な役割となった。
エアリフトシステム(ALS): デブリベッド(炉心部のルースデブリベッド、下部プレナムルースデブリ)から、粒子状やスラリー状のデブリを巻き上げて回収できる、エアリフトシステムが設計された。このシステムはコンプレッサー、エアリフトパイプ、デブリバケツ、などで構成されており、先端ノズル途中に圧搾空気を吹き付け、液相水と気液混合水の比重差でエアリフトパイプ内に急速な上昇流を発生させ、冷却水ごとデブリを吸引する方式であった。巻き上げられた燃料デブリは、エアリフトパイプ上部で滞留・沈降させて、側面底部のデブリバケツに回収された。デブリバケツは、Fuel収納缶内に装荷された。エアリフトシステムにより、Fuel収納缶内のデブリ充填率を上げ、デブリ回収を効率化することができた。[1,32]
加圧機内デブリ回収システム: 加圧器からデブリ微粒子を回収するために使用された。このシステムは、水中ポンプ、Knockout収納缶、Filter収納缶、撹拌ノズルで構成されていた。DWCSにより、撹拌ノズルを通じて加圧器内に水流を注入して用いられた。あらかじめ、潜水艦型のロボットで大きい粒子を回収してから用いられた。[1,32]
蒸気発生器内デブリ回収システム: 上階発生器の熱交換器配管から挿入し、粒子デブリの回収に使用された。真空ポンプ、真空吸引系、HEPAフィルター、などで構成されていた。あらかじめ、長尺ツールで大きい粒子を回収してから用いられた。[1,32]
収納缶の位置決めシステム: 回転式のキャニスターカルーセルからなっており、5本の収納缶を装着できる構造になっていた。真空吸引システムと接続されていた。燃料デブリに近づくため、収納缶の高さ位置は3段階で切り替えられるようになっていた。
収納缶移送システム: 本来建屋内に取り付けられていた燃料集合体移送システムを改良して、収納缶を運搬するトロリーと遮蔽体が設けられた。移送された収納缶は、Canal最深部の水中に置かれた貯蔵ラック、さらに、燃料取り扱い建屋の使用済み燃料貯蔵プール内に移送された。
収納缶貯蔵ラック: 11体の収納缶を貯蔵できるラックが、Canal最奥部に設置された。252体の収納缶を貯蔵できるラックが燃料取り扱い建屋内の使用済み燃料プール内に設置された。
燃料移送システム: 本来取り付けられていた燃料集合体移送システムを改良して、収納缶をいったんCanal最深部の収納缶ラックに置いた後で、原子炉建屋から燃料取り扱い建屋へ移送するシステムが設置された。
収納缶脱水システム: 収納缶内の可燃性ガス対策用の触媒が、収納缶内の封入ガスと効率的に接触するように、湿潤している収納缶から水分をパージするシステムが設置された。乾燥した希ガスを収納缶内に注入することでデブリの脱水が行われた。脱水システムは、圧力容器内と使用済み燃料プール内に設置された。通常の方式では、いったんSWP上に吊り上げられた収納缶内が希ガスパージで部分的に脱水された。回収した水分は圧力容器内に戻された。オフガスはオフガス処理系に送られた。貯蔵プール用の脱水システムも、放射線防護のため、プールの冷却水中に設置された。
燃料移送キャスク、構外輸送キャスク: 使用済み燃料プールから取り出した収納缶を構外輸送キャスクに運び込むために、円筒形の移送キャスクが用いられた。燃料移送キャスクは、クレーンで宙吊して移送された。構外輸送にはModel 125-Bの輸送キャスクが使用された。
参考:デブリ取り出しツール
燃料デブリ取り出しの進捗
燃料デブリや構造物の取り出しは、およそ以下のように進捗した[1,2,3など]。(図1参照)
- 1985年10月: 燃料デブリ取り出しの準備開始、収納缶位置決めシステムや長尺ツールなど装荷、デブリバケツ投入、上部ルースデブリ上の堆積物の処理
- 1985年11月: 初期段階のデブリ取り出し開始、上部ルースデブリ上の堆積物(上部端栓、燃料集合体上部など)をFuel収納缶に回収、あるいは、つりあげて貯蔵ラックに格納、上部ルースデブリ回収
- 1986年1月~: 冷却水の透明度低下、ブラインド作業により、上部ルースデブリの回収継続、周辺燃料集合体を倒壊させ切断
- 1986年5月~: 冷却水の透明度改善、残りの上部ルースデブリを回収後にハードストップ表面状態や堆積物残差のビデオ調査
- 1986年7月: コアボーリング調査
- 1986年8~10月: ハードストップ層以下を、コアボーリングマシンにより破砕
- 1986年11~1987年1月: Pick-adnd-Place方式とエアリフトで破砕されたデブリ取り出し
- 1987年2~9月: 周辺残留燃料集合体と切り株燃料集合体の取り出し
- 1987年10月~: 炉心部デブリ取り出し後の調査
- 1988年1月~1989年3月: LCSA解体・撤去、コアボーリングマシン、プラズマアークトーチ、ウォータージェット利用(#切断・撤去されたLCSAは、TMI-2炉の最終解体時まで使用済み燃料プールに貯蔵される予定)
- 1989年3月~7月: 下部プレナムルースデブリ回収、エアリフト利用
- 1989年7~10月: コアフォーマ領域からのデブリ除去、UCSA解体・撤去、プラズマアークトーチ、トルクレンチタイプとドリルタイプのツールを取り付けたコアボーリングマシン、回転ブラシタイプのツールなど利用
- 1989年11月: 下部プレナムハードデブリの破砕・取り出し、プラズマアークトーチ、エアリフト、長尺ツール、スライドハンマー、真空吸引システムなどを利用
- 1989年12月: RPV内からのデブリ回収終了、RPV外のデブリ回収終了(ホットレグなど)
- 1990年1月: RPV内のビデオ観察、クリーンアップ作業
- 1990年2月: 下部ヘッドサンプル、ノズルサンプル採集(VIP計画)
- 1990年3月: RPV内の洗浄、真空吸引、ダストや粉末状デブリの回収により、冷却水系、配管、穴、装置などの角、などに残留する燃料デブリ量を計算し、核物質の>99%を回収と評価(残留量<900kg)(#残留デブリは回収困難であったが、その再臨界可能性は、超保守的な条件での解析によって排除された。)
- 1990年4月: 最後の収納缶構外輸送、TMI-2炉の長期モニタリングモードへの移行
事故前の炉心について
TMI-2炉は、事故発生時に、照射第一サイクルにあり、フルパワーの約97%に到達していた。炉心の平均燃焼度は3258 Mwd/t-Uであった。
図4(a)に炉心マップを示す[29]。177体の燃料集合体が装荷され、再外周部の燃料集合体を除く139体には、制御棒、可燃性毒物棒、軸方向出力平坦化棒APSR(Axial Power Shaping Rod)のいずれかが、炉心上部からスパイダーとして挿入できる構造になっていた。これら3タイプのスパイダーは、炉心内に平均的に分布していることがわかる。図4(b)にTMI-2で用いられていた燃料集合体の模式図を示す[29]。15x15の燃料バンドルからなり、208本の燃料棒、16本のZry製案内管(スパイダーで吊り下げられる制御棒などが挿入される)、1本の計装案内管(集合体の中央)、軸方向に8個のインコネル製スペーサーグリッド、304L製の上下端栓金具からなっている。
スパイダーは、中央のハブにより16本の各種ロッドが吊り下げられる形状となっている。再外周の燃料集合体の2体(B12,P4)には、冷却水流量調整用のオリフィス棒を取り付けたスパイダーが挿入できるようになっていた。図4(c)にオリフィスタイプの制御棒スパイダーの模式図を示す[29]。オリフィス棒の全長は約30cmである。また、そのうち2本には、炉心立ち上げ時に使う中性子源棒が取り付けられていた。図4(d)~(f)に、他の3タイプのスパイダーの模式図をそれぞれ示す[29]。
- 可燃性毒物棒スパイダー(図4(d)): 72体の燃料集合体に取り付けられていた。長さ約3mの可燃性毒物棒では、Zry被覆管内に、95%のAl2O3と1%のB4C(残り4%は不純物)からなる可燃性毒物ペレットが装荷されていた。N13集合体にだけは、ホウ化グラファイトが装荷されていた。
- 制御棒スパイダー(図4(e)): 61体の燃料集合体に取り付けられていた。長さ約3.3mの制御棒は、304L被覆管内にAg-In-Cd材が装荷されていた。事故時には炉心に全挿入されていた。
- APSRスパイダー(図4(f)): 8体の燃料集合体に取り付けられていた。長さ約90cmのAPSRは、304L被覆管内にAg-In-Cd材が装荷されていた。事故時には炉心から引き抜かれた状態であった。APSRは制御棒を短尺化したような構造をもっている。
また、事故前の炉心物質の重量を、表1に示す[29]。
RPV内の
構成については、参考:TMI-2炉の概要(事故前)の項目を参照されたい。
-
図4(a) 燃料集合体とスパイダーの組み合わせ [7]
-
図4(b) 燃料集合体模式図 [29]
-
図4(c) オリフィススパイダー [29]
-
図4(d) 可燃性毒物棒スパイダー [29]
-
図4(e) 制御棒スパイダー [29]
-
図4(f) 軸方向出力調整棒スパイダー [29]
| 炉心物質 | 重量(kg) | 元素・核種 | 各炉心物質内の濃度(wt%) | 燃料集合体1体
あたりの重量(kg) (#制御棒が装荷 される集合体) |
炉心物質 | 重量(kg) | 元素・核種 | 各炉心物質内の濃度(wt%) | 燃料集合体1体
あたりの重量(kg) (#制御棒が装荷 される集合体) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 燃料ペレット:
UO2 |
94,029 | U-235 | 2.265 | 531.9 | スペーサーグリッド、
スプリングなど: Inconel-718 |
1,211 | Ni | 51.900 | 6.8 |
| U-238 | 85.882 | Cr | 19.000 | ||||||
| O | 11.853 | Fe | 18.000 | ||||||
| 燃料棒被覆管、
可燃性毒物棒被覆管: Zry-4 |
23,177 | Zr | 97.907 | 125.0 | Nb | 5.553 | |||
| Sn | 1.60 | Mo | 3.000 | ||||||
| Fe | 0.225 | Ti | 0.800 | ||||||
| Cr | 0.125 | Al | 0.600 | ||||||
| O | 0.095 | Co | 0.470 | ||||||
| 制御棒被覆管、APSR被覆管、
上下端栓金具、など: SS |
304L-type:676
type不明:3,960 合計:4,636 |
Fe | 68.635 | 16.8 | Si | 0.200 | |||
| Cr | 19.000 | Mn | 0.200 | ||||||
| Ni | 9.000 | N | 0.130 | ||||||
| Mn | 2.000 | Cu | 0.100 | ||||||
| Si | 1.000 | 中性子吸収材:
Ag-In-Cd |
2,749 | Ag | 80.0 | 43.6 | |||
| N | 0.130 | In | 15.0 | ||||||
| C | 0.080 | Cd | 5.0 | ||||||
| Co | 0.080 | 可燃性毒物:
Al2O3-B4C |
626 | Al | 34.33(分析値不正確) | 0
可燃性毒物が装荷される 集合体のみに存在 | |||
| O | 30.53(分析値不正確) | ||||||||
| B | 27.50(分析値不正確) | ||||||||
| C | 7.64(分析値不正確) | ||||||||
| 可燃性毒物:
Gd2O3-UO2 |
131.5 | Gd | 10.27(分析値不正確) | 0
可燃性毒物が装荷される 集合体のみに存在 | |||||
| U | 77.72(分析値不正確) | ||||||||
| O | 12.01(分析値不正確) | ||||||||
| #O,C,N,Cu以外の元素について、ICPでの分析値を記載。O,C,N,Cuは理論値あるいはカタログ値を記載。可燃性毒物の組成については、ICP分析値が不正確であり、検証が必要。 | |||||||||
内部調査(燃料デブリ取り出し前)、燃料デブリ取り出し準備作業、デブリサンプル分析

燃料取り出しの基本ポリシー(PEIS、上述)により、ALARAの考え方に基づいて、現実的に実行可能なプランにより効率的に破損燃料やデブリを回収する方針が示された[6]。それに基づいて、燃料取り出し方法の検討の基礎となる、初期の炉内状況推定(GEND-007)が行われた[7]。当初は、現在よく知られているTMI-2炉の最終形態に比べ、かなり軽微な損傷状態が推定されていた。その推定に基づいて、できるだけ、通常の燃料交換に近い方式で破損燃料やデブリが回収できるかどうかを判断することが優先された。通常の燃料交換では、大気中でRPVヘッドをリフトして撤去し、次に、RPV上部の燃料移送Canalを水没させて、水中で上部プレナム構造物をリフトして撤去される。次に、水中で燃料集合体を一体ずつリフトし、Canal最深部経由で、原子炉建屋に隣接する燃料取り扱い建屋の使用済み燃料プールに移送される。破損燃料やデブリの取り出しにおいては、最初の関門となるRPVヘッドが、大気中で撤去できるかどうかの判断に向けて、ヘッドおよび付属構造物の汚染状態、ヘッド内部の線量分布や放射性物質の付着、水素や希ガスFPの残留、ポーラークレーンなどの移送設備の稼働性、等の調査が必要とされた。次の上部プレナム構造物の撤去については、事故時に高温に曝されたことから損傷・腐食状態の確認(一体物でリフトできるかどうか)、汚染状態や線量分布、核物質の付着程度、等の調査が必要とされた。さらに、燃料集合体上部の状態確認(破損燃料集合体が、通常方式でリフトアップできるかどうか)が重要とされた。図5に、事故前のRPV内の模式図を示す[29]。
この項目では、燃料デブリ取り出しに向けて進められた内部調査の概要と燃料取り出しに向けた準備作業について時系列的にまとめる。どの段階でどのような情報が得られ、それがどのようにデブリ取り出し方法の選定や事故シナリオの解明に活用されたのかを整理した。
Quick Look調査:圧力容器内部の最初のビデオ調査
RPV内上部の調査方式の検討が行われ、RPV上部にとりつけられていたCRDM(Control Rod Drive Mechanism)を数本取り外し、その開口部から、ヘッド内、上部プレナム構造物内、さらに燃料集合体の上部まで小型CCTVカメラを挿入して調査する方式が採用された(Quick Look調査)[1,2,8]。作業安全性の検討の結果、開口部の径をできるだけ小さくするため、CRDM全体でなく、その内部のリードスクリュー3本(炉心中央、炉心中間、炉心外周)のみを引き抜いて、細径のCCTVカメラを挿入する方式に修正された。
また、Quick LooK調査前の予備調査として、通常運転時の出力平坦化の役割を担うAPSR(Axiaal Power Shaping Rod) について、8本すべての炉心への再挿入試験が行われた(1982年6月)[33]。事故発生時には、APSRは全長の約75%が炉心部に挿入されてたが、残りの25%分が炉心に挿入できるかどうかを確認することで、炉心上部の損傷状態に関する知見が得られると期待された。8本のうち、4本は全挿入に近い位置までリードスクリューを下げることができたが、4本はほとんど移動できなかった。移動できない位置では、なんらかの障害が発生している可能性が、移動できた位置では、むしろ先端が溶落している可能性などが推定された[33]。
Quick Look調査では、約3.2cm径、ケーブル全長約12mの小型CCTVにより、上部プレナムから炉心上部にかけて、炉心中央、炉心中間、炉心外周の3か所で調査が行われた。初回調査(炉心中央)では、上部プレナム構造物内に付着物が見られるが、本来構造はほぼ維持されていること、一方で、燃料集合体の上部端栓が脱落し、その下で燃料集合体上部の位置に空洞が見られること、約1m下でデブリとみられる物質が瓦礫状に堆積していることが観測された(図6(a))。瓦礫状の堆積物中には、破損した燃料棒やペレット、破損した可燃性毒物棒や制御棒のスパイダー、などの燃料集合体部材の一部が目視された。一方で、広い範囲で燃料が溶融・凝固している痕跡は見られなかった。第2回調査(炉心周辺)では、上部端栓が残留し、その下で燃料集合体が残留していることが確認された。第3回調査(炉心中間)では、炉心中間位置にも上部空洞が広がり、その下に瓦礫状の堆積物があること、堆積物中には、破損燃料棒やほぼ無傷の燃料ペレット等が見られること、が確認された(図6(b))。さらに、第3回調査では、探査プローブ(SS製のロッド)を瓦礫状デブリ中に自重で挿入する作業が行われ、堆積物表面から約30cmほど侵入できることがわかった。このことから、瓦礫状の堆積物はルースデブリを主に含むと推定された。炉心周辺と炉心中間位置の上でも、上部プレナム構造物に大きな損傷は見られなかった。[8]
参考:APSR挿入試験
参考:Quick Look調査
-
図6(a) Quick Look調査で見つかった炉心中央上部の堆積物 [1]
-
図6(b) Quick Look調査で見つかった炉心中間部の破損燃料棒 [1]
Underhead Chracterization:圧力容器上部ヘッド内部と上部プレナム構造物の追加調査


RPVヘッドと上部プレナム構造物の取り出し工法を決定するために、1982年下期から83年下期にかけて、ヘッド内部とプレナム構造物内部の調査が行われた。1982年7月のQuick Look調査(上述)では、上部プレナム構造物内に若干の付着物があることが観測された。図7に、Quick Look調査の概要について模式図を示す[2]。全面マスクと防護服を着用した作業員による手作業で、CRDM内の案内管を利用して探査プローブをつり下ろした様子が示されている。1982年12月には、Underhead Characterizationの一環として、図7と同様の方法で、RPVヘッドの内側から上部プレナム領域にかけて線量分布測定が行われた。その結果、約0.4~6Sv/hという当初の想定より約一桁低い測定値が得られた。1983年下期には、上部プレナム構造物の付着デブリ(水平プレート上の堆積物)のサンプリング、上部プレナム構造物のひずみや損傷状態などのビデオ観察、放射化したリードスクリューの上下移動試験によるRPVヘッド上の支持構造物内での線量分布の変化の測定、などが行われた[9]。これらの観測により、上部格子以外のプレナム構造物には大きな損傷がないこと、プレナム構造物の最下面にある上部格子には溶融物の付着や垂れ下がり凝固の痕跡があり、線量は約3~7Sv/hであること、などが確認された(図8)[1]。回収されたサンプルの一部(リードスクリュー、上部プレナム付着デブリ、上部ルースデブリ)は、デブリ取り出し開始前に、重要な検討課題の一つと考えられていたジルコニウム微粒子(金属、水素化物)の自然発火可能性の確認試験に供試された。徹底的な試験の結果、自然発火性がないことが確認された[34]。リードスクリューサンプルの母材の微細構造の分析から、事故時のプレナム構造物内の温度分布が推定された(後述)[35]。また、ぶら下がっていた燃料集合体サンプル分析の結果、上部格子と燃料集合体上部の接触部にあったインコネルが溶融していたことがわかり、上部格子の事故時ピーク温度が約1700Kであったと評価された[36]。
これらのことから、RPVヘッドは大気中で取り外し、遮蔽した貯蔵スタンド上に保管すること、上部プレナム構造物は、大気中で撤去し、水没させたCanal最深部に保管すると決定された(Dirty Lift工法)。1982年11月からRPVヘッドの取り外しの準備作業が開始され、1984年7月にRPVヘッドを取り外してRPV内が大気開放された[9]。プレナム構造物については、大気中で撤去できるかどうか最終確認するために、1984年12月に初期リフトが行われ、内部の観察と付着デブリの除去が行われた後、1985年5月に大気中で撤去された[14]。
ジルコニウム微粒子の自然発火可能性について
ジルコニウム微粒子の自然発火可能性については、事故発生直後から課題の一つとして懸念されていた[6]。Quick Look調査で、炉心上部から上部プレナム構造物の内部の様子が明らかになると、上部プレナム付着デブリは、一般に自然発火しやすいといわれる微粒子成分を含んでいること、これらの微粒子が、RPVヘッドや上部プレナム構造物の撤去作業時において、事故後初めて大気に曝されること、などから、その自然発火可能性の確認が重要な検討課題と指摘された(TAAGによる指摘、1983年2月、図1参照)。特に、事故過程で形成されると考えられるジルコニウム水素化物についての知見が十分でないことが指摘された。これを受けて、自然発火可能性について、幅広い検討が行われた[34]。
まず、自然発火性とはそもそもどういう現象であるのか、TMI-2の条件では具体的に何が懸念され、どういう調査が必要なのかが関係者で共有された[34]。一般的に、金属の微粉末が空中で酸化する反応は発熱反応になるが、振動や空中への露出などの何らかの原因で、金属微粉末が酸化した場合、54.4℃以下の雰囲気においても、その酸化熱により発熱反応が連続的に広がる現象が自然発火と呼ばれる。また、外部に何らかのソース(熱源、アーク、打撃、など)があって発火が起こる場合はパイロット発火(着火)、外部ソースなしで自発的に発火する場合は自発発火(着火)と呼ばれる。特に、U,Pu,Ce,Nd,Zr,Ti等の周期表III,IV族元素の金属微粉や水素化物微粒子の空気中でのパイロット発火性がか課題とされた[34]。これらの元素の自然発火可能性は、原子力開発の初期より、再処理、燃料貯蔵、処理などの分野での課題とされていた。仮にZrなどの微粒子が事故過程で大量に形成されていて、RPVヘッドや上部プレナム撤去作業中に空気中に露出されると、自然発火・発熱、さらには金属火災に至る可能性があり、その可能性を排除できるロジックの構築が必要とされた。
Zr金属やZr水素化物の酸化に関わる化学反応式は、以下のように書くことができる。
Zr + 2H2O ⇒ ZrO2 + 2H2 + ΔH (ジルカロイの水蒸気酸化、水素発生、発熱)
Zr + 2H2 ⇒ ZrH4 (水素の一部は、中程度の温度域で、ジルカロイ中に侵入し、水素化物形成)
ZrH4 + H2O ⇒ ZrO2 + 3H2 + ΔH (形成された水素化物は、高温で酸化、水素発生、発熱)
Quick Look調査で採集されたリードスクリューの付着物サンプル、冷却水系フィルターの回収物の詳細分析(粒度分布、組成、微細組織、など)と自然発火性模擬試験(熱分析、アーク加熱、バーナー加熱、酸素中での打撃、など)が行われた。プレナム付着デブリについては、そもそもZrの混入割合が小さいこと、発火しやすい微粒子が少ないこと、各種模擬試験でパイロット発火性が見られないこと、が確認された[34]。一部の熱分析で若干の発熱反応が示されたが、燃焼反応として継続しないことが確認された。しかし、事故後はじめて、RPV内部が大気に曝されることから、RPVヘッド撤去直前に、上部プレナム構造物のプレナムカバーの上に堆積していたデブリについて、バーナー加熱試験や打撃試験を実施して、念には念を入れた確認が行われた。
他方、上部ルースデブリについても、取り出し時に破砕されフレッシュな面が大気中に露出されると自然発火する可能性が懸念された、このため、ふるいにより10段階の粒子サイズに小分けし(20μm以下~4mm以上)、それぞれの粒子群について、組成、微細組織分析、自然発火模擬試験が徹底的に行われた[21,34]。結果として、自然発火可能性は全く示されず、作業員被ばくコストを含む多くのコストを投入して、あまり価値のない作業が繰り返されることとなった。これは、初期のデブリ分析の教訓の一つとなっている。それ以降は、燃料デブリ中の金属デブリ残留にかかわる課題は、自然発火性ではなく、貯蔵時や収納缶開封時などの水素発生に関わる課題として検討されることとなった。

上部ルースデブリのサンプリング(Grab Sample)、デブリベッドの探針調査
上部プレナム構造物のUnderhead Characterizationや上部空洞周辺の調査と並行して、炉心上部に堆積している瓦礫状あるいは粒子状の上部ルースデブリの特性(かさ密度、組成、粒度、粒子の種類、およびその分布)、および、デブリベッドの堆積深さや均質性を調べるため、Reactor Core Debris Sampling計画が立案され、1983年9~10月に、6個のデブリサンプルが回収された。さらに、1984年3月に5個のサンプルが追加で採集された。図9にルースデブリサンプリング方法を模式的に示す[12]。Quick Look計画で利用されたCRDM内の開口部(炉心中央、炉心中間)を使って、2タイプのサンプラー(ドリルタイプ、スクープタイプ)が挿入され、ルースデブリ堆積層の表面近くと数10cm深さ位置の粒子デブリがサンプリングされた。図10にスクープタイプ(クラムシェルタイプ)のサンプラーの写真を示す[1]。デブリサンプルは、約33cm3の容積を持つ遮蔽付きのキャスクに収納して回収された。デブリサンプルの線量は、0.03~0.36Sv/hで、デブリ粒子のサイズは約90%が5mm以下だった。
回収されたデブリサンプルは、アイダホ国立研究所のホットラボ(INEL)に輸送され、機械的特性、微細組織、主要構成物質やFPの組成、などについて分析された[12]。さらに一部は小分けされて、乾燥特性、FP浸出特性、自然発火性、などの確認試験に供された。分析により、デブリ粒子は5つの成分に類型化され、それぞれの特性を整理することで、デブリ取り出し方法の設計の基礎データとして利用された。また、デブリ粒度やかさ密度の分布に関するデータは、粉末・粒子デブリの真空吸引システムの設計に反映された。化学・放射化学分析では、炉心物質やFPの概略分布がU-235やCe-144に対する相対比として評価された。FP分布(残留率)については、上部ルースデブリの深さ方向に、揮発性FPの濃度勾配が存在し、表層近くでCs-137やI-129が若干濃化していることが明らかになった。一方で、Fe,Ni,Crなどのステンレス鋼やインコネルの成分、および、Zrは、Uに対する相対値が事故前の炉心平均より小さいことが示された。このことは、事故進展時に、金属系の炉心物質が燃料物質に比べて選択的に炉心下部に移行したことを示唆している。
また、プランジャと呼ばれる自重で回転しながら堆積物中に侵入する探査プローブ(1.3cm径のSSロッド)による探針調査が行われた。その結果、上部ルースデブリの内部約1m下に、プランジャが通過できない硬い層(ハードストップ)が存在していることが明らかになった[15]。このことから、炉心中央より下に、デブリが溶融凝固した層が存在している可能性が推定された。

上部空洞領域のマッピング
1982年7月のQuick Look調査では、明度が不足し、炉心上部空洞全体の情報を十分に得ることができなかった。そこで、空洞のサイズ、周辺に残留していた燃料集合体と空洞との境界の状態、燃料集合体の支持状態、上部格子の損傷状態や付着物の様子を確認する目的で、Core Topography計画が立案され、1983年8~9月に超音波ソナーによる調査が行われた[11]。ソナーにより、約50万点の空間データが取得され、空洞のサイズ、周辺燃料集合体や上部ルースデブリと空洞の境界データ、燃料集合体の上部端栓の残留状態(特に、いくつかの燃料集合体は上部だけが残留し、上部格子からぶら下がった状態になっていること)、バッフル板に若干の歪みがあること(最大70mm)、などが明らかにされた。さらに、1983年12月にTopography 3D modelが作成され(画像データ、アクリル模型)、上部ルースデブリと周辺燃料集合体の残留境界の位置がデータ化された。これにより、上部空洞の容積が本来炉心容積の約26%に相当すると評価された(図11)[1,2]。さらに、1984年4月には、上部空洞内に高性能カメラが挿入され、上部ルースデブリ、周辺燃料集合体、上部格子下面の状態確認が行われ、モザイク/パノラマ写真が作成された(図12)[1,2]。
これらのデータに基づき、上部空洞と改良IIFによってかさ上げされた空間を冷却水で満たし、デブリ取り出しの作業スペースに利用することが最終決定された[13]。また、デブリや残留燃料集合体の堆積状態から、回収の手順や取り出し治具(チゼル、シャーリング、ソー、ハンマー、バール、など)の利用方法が検討された[25,26,27など]。
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図11 炉心上部空洞のTopography像 [1]
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図12 炉心上部空洞周辺のモザイク/パノラマ写真 [1]
圧力容器内の推定状態の変遷①: 内部調査開始前~Quick Look調査
1982年7月のQuick Look調査前後での、RPV内部の推定状態の精緻化を、図13に示す[1,2]。事故直後には、主に解析コードを用いた評価に基づき、炉心上部中央は損傷しているものの、燃料集合体の形状はほぼ維持されているという推定が主流であった[7]。しかし、Quick Look調査により、炉心上部に空洞があること、そこから崩落した燃料がルースデブリベッドとして堆積していること、ルースデブリの下約60cmから100cmに硬い層(ハードストップ)があること、炉心周辺部には破損した燃料集合体が残留していること、上部格子に溶融の痕跡があること、などが観測された[8]。これにともなって、上部空洞の容積、崩落・堆積した上部ルースデブリの重量、炉心周辺に残留している燃料集合体の数と状態、硬い層の深さ位置、などが明らかになり、RPV内の推定図が書き換えられた。この時点では、上部ルースデブリ下のハードストップより下の堆積状態、および、炉心下部の状態については情報が得られていない。
Quick Look調査の結果に基づいて、上部ルースデブリと周辺に残留する燃料集合体を対象に、破損した燃料集合体や瓦礫状デブリを格納できる標準タイプの収納缶(Fuel収納缶)の他に、ペレットサイズからmmサイズまでの粒子状デブリを格納できる収納缶(Knockout収納缶)、スラリー状デブリを回収できる収納缶(Filter収納缶)が設計された。1984年5月に、燃料デブリ取り出し工程が決定された。まず、RPVヘッドを取り外し、改良IIFを設置してRPV内の冷却水水位をかさましする。次に、上部プレナム構造物を撤去し、改良IIFの上に各種のデブリ取り出しツールを吊り下げる回転式の作業プラットフォーム(SWP)を設置する。冷却水中で収納缶内に回収したデブリを、使用済み燃料プールに移送し、貯蔵ラックに一時保管した後で、郊外輸送きゃすくに収納しなおし、アイダホ国立研究所に輸送するという方法であった[1,2]。

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上部ルースデブリの分析

上部ルースデブリについては、炉心中央のH8集合体があった部位と炉心中間部でE9集合体があった部位について、深さ方向を変化させて11か所のデブリサンプリングが行われた(図14)[12]。
外観観察、秤量、ふるい分け、かさ密度測定により、採集されたデブリ粒子の約90%が1~5mmサイズで、最大は約20mmであること、かさ密度は堆積物の上層で3.5~3.8g/cm3、下層で5.0~5.5g/cm3であることが示された。これらの値は、サンプル代表性の課題はあるものの、デブリの真空吸引システムの設計における参照データとして用いられた。また、様々なサイズの粒子がよく混合していることが確認された。上層と下層でかさ密度が異なる原因としては、下層では、粒子サイズの小さい粉末デブリが多く混入しており、充填率が高かったためと推定された。粒子の微細組織分析により、粒子状デブリの特性は、およそ5群に類型化された。
Type-I 溶融・破砕されたペレット
Type-II 酸化・破砕された被覆管
Type-III 溶融凝固物: (U,Zr)O2
Type-IV 金属材料の溶融凝固物
Type-V 燃料棒成分と構造材成分の酸化物混合物
化学・放射化学分析では、初期インベントリ中のUに対する相対値として、Zrについて50%以上、SSやInconel成分について30%以上、小さい値が得られた。このことから、これらの金属材料成分が、Uに比べて選択的に、上部ルースデブリより下方に移行していると推定された。また、中性子吸収剤として装荷されていたAgの90%以上、In,Cdのほぼ100%は、上部ルースデブリ中から放出していたと評価された。揮発性FPのCs-137,I-129は、ルースデブリの上層でやや濃化されており、上層が揮発性FPのトラップになっていた可能性が示唆された。デブリの平均的な組成やFP残留率は、収納缶設計やデブリ取り扱いの検討において参照された。
デブリサンプルの代表性について
様々なタイプのデブリが非均質に存在すること、デブリ全体の物量に対し、分析できるサンプルの物量は極めて限られていること、などから、TMI-2のデブリ分析において、サンプル代表性に関する議論があった。上部ルースデブリの取り出しに必要な情報は、3つのカテゴリーに区分された[1,2]。まず、デブリ取り出しと収納保管の方法を決定する基礎知見として、マクロな物理的特性(深さ方向/径方向のデブリ粒度とかさ密度、およびその分布、粒子の硬さや固着性)のデータが必要とされた。デブリサンプル分析データと画像データを照らし合わせ、取り出しツールや収納缶の設計に反映された。次に、デブリ取り出しの安全評価(臨界安全、取り扱い安全、線量評価、計量、など)に関わる基礎知見として、デブリ粒子の類型化が行われた。採取されたデブリサンプルから、様々な炉心物質の溶融凝固や相互作用に関する特徴的な痕跡を有する粒子を抽出し、切断研磨断面の微細組織観察やSEM/EDX分析が行われた。上部ルースデブリについては、合計29個のデブリ粒子が分析され、Type-I~Type-Vの5群に類型化された。安全評価上では、これらの混合物として取り扱われ、各Typeの物理化学的な特性の範囲や、デブリ全体としての混合性、均質性が評価された。さらに、微細組織観察に基づいて、事故時のピーク温度が推定された。また、化学・放射化学分析に基づいて、揮発性FPの残留率や、中低揮発性FPの金属相/酸化物相の存在割合とピーク温度の関係性が考察された。さらに、実デブリサンプルを用いて、自然発火可能性、脱水性、Cs放出性などの模擬試験が行われた。得られた知見は、安全評価のエビデンスとして用いられた。3つめのカテゴリーとしては、サンプル分析結果と内部調査の結果に基づいて、事故進展理解と炉内状況推定図の精緻化がすすめられた。得られた知見は、次の段階でのデブリ取り出し対象となる領域(炉心中央~炉心下部、株プレナム領域、など)のデブリ状態の推定精度の向上や、調査・取り出し方法の具体化にも反映された。
炉心周辺の残留燃料棒の分析、炉心上部の残留燃料集合体の分析
上部空洞の周辺部、および、上部格子に一部固着していた残留燃料集合体については、デブリ取り出しの観点では、その残留状態と概略分布、固着状態などの知見が重視された。そこで、RPV内部のビデオ調査が優先された[8,11]。一方で、事故進展の理解の観点では、空洞部分と残留部分の境界領域のサンプルの分析により、燃料成分やFP成分が、事故時にどのようにふるまうのかを確認することが重要とされた[1,2]。
炉心周辺の燃料棒については、ビデオ調査が行われ、その破損状態や集合体相互の固着状態が確認された[17]。また、炉心南東側の境界領域周辺から6本の燃料棒サンプルが採集され、γ線分光と断面組織観察が行われた。その結果、燃料棒形状が維持されている領域では、本来の燃料ペレット状態が維持され、FPがほぼ100%保持されていることが確認された、Zry被覆管の酸化度も軽微であった[36]。このため、それ以上の詳細分析(化学・放射化学分析、SEM/EDX分析など)は必要性が低いとみなされた。
上部格子からぶら下がっていた燃料集合体上部サンプルについては、デブリ取り出し初期にFuel収納缶に回収されたが、そのうち2体の詳細分析が行われた[37]。事故時に、径方向/軸方向に大きな温度勾配と水素/水蒸気分圧の勾配があったこと、燃料棒や制御棒の切断・破断されている部位より下では、事故時に2000~2200Kの高温を経験していたと推定されること、上部ルースデブリの上のほうに堆積していた破損燃料棒も事故時に>2000Kの高温を経験していたと推定されること、などが確認された[37,38]。


デブリ収納缶の設計、Quick Lookに基づく設計変更
デブリ取り出し開始以前には、燃料集合体をほぼそのまま収納できるFuel収納缶が設計された(1981年4月に設計終了、前述)。Quick Look調査により、上部ルースデブリ中では、燃料集合体形状がほとんど残っておらず、粒子状/微粒子状のデブリが大半であることが明らかになった[8]。そこで、デブリ取り出し工法の決定に合わせて、収納缶の外形サイズを変更せず、2タイプ(Knockout収納缶、Filter収納缶)が追加設計された(1984年5月)[1,2]。図15に、3タイプの収納缶の模式図を示す[1]。これらのうち、Fuel収納缶は、デブリ取り出し期間全体を通じて286体使用された。切断した燃料集合体の一部や瓦礫状のデブリをクリッパーツールでつかんだり、デブリバケツですくって挿入された。取り出しの後期では、デブリ充填率を高めるため、エアリフトで粒子状デブリが回収され、大型デブリの隙間に装荷された。Knockout収納缶は、全部で12体使用された。回収対象は、140ミクロン~ペレットサイズの粒子状デブリであった。取り出し初期には、微粒子を回収するFilter収納缶と連結して使用された。しかし、目詰まりが多く使い勝手が悪かったため、途中からエアリフトでデブリを巻き上げる方式に変更された。Filter収納缶は、全部で62体使用された。0.5ミクロンメッシュの焼結金属フィルターが取り付けられていた。取り出し途中から、主に冷却水の循環処理用に使用された。デブリ回収後の水は、RPV内に還流する設計であった。また、冷却水処理系や収納缶内の脱水系にも接続できる設計となっていた。
収納缶の設計変更について
デブリ取り出し開始以降、収納缶については、さらなる改良案(短尺型、大口径型)が提案されたが、この3タイプへの装荷方法を工夫して運用するという決定がなされた(#構内の一時貯蔵、構内輸送、郊外輸送、中間貯蔵、などでの利便性、取り扱い性が重視され、収納缶外寸は変更しないこととされた)[1,2]。設計改良と現場適用の間には常にジレンマがあったと報告されている[1,2]。

下部プレナム調査 -コアボーリング以前-
1983年までは、事故過程で、下部プレナム領域にデブリが移行したかどうか不明であった。しかし、1983年に、RPV容器槽と遮蔽体の隙間からSSTR(Solid State Track Recorder)が挿入され、下部プレナム周辺部に少なくとも約1.8tの堆積物が存在すると推定された[15]。しかし、この堆積物が燃料デブリかどうかについては当初結論が出なかった。1985年2月に、上部プレナム構造物をジャッキアップした隙間から、コアフォーマ領域の外側の遮蔽体と容器槽の間の円環状の領域を通じて小型カメラが吊り下げられ、下部プレナム周辺領域の調査が行われた(#炉心下部構造物の周辺部分を含む)[16]。その結果、下部プレナム底部に燃料デブリとみられる砂利の山のような堆積物があることが発見された。1985年3月には、RPV下部ヘッドを貫通していたインコアモニターノズルから、ガンマ線検出器が約50cm挿入され、堆積物の線量が測定された。さらに、1985年の7月と12月に、円環状領域の別なルートを通じてカメラ調査が行われた[16]。これらの調査により、炉心支持板より下の構造物は、少なくとも周辺部では、ほぼ本来構造を維持していること、一方で、下部プレナム底部に約9~18tと推定される燃料デブリが堆積していることが確認された。また、長尺ツールで、堆積物の外周部から粒子状デブリサンプルが回収され、その一部はINELとANLで分析された[39]。図16にボーリング調査以前の下部プレナム調査の概要を、図17にこの時点で撮影された下部プレナム堆積物の表面状態を示す[1,2]。
これらの観測結果から、炉心下部構造物(LCSA: Lower Core Support Assembly)の少なくとも中央部分の切断・解体・撤去が必要なこと、LCSAや下部ヘッドに堆積しているデブリの破砕や切り出しが必要なことが明らかになった。LCSA解体方法として、機械的切断、AWJ、プラズマアークトーチなどが検討された。さらに、この時点で計画が進められていた炉心下部のボーリング調査について、一部のボーリング穴ではLCSAまで貫通させ、株プレナム中央部のLCSAの状態や、下部プレナムデブリの状態が調査されることに修正された[1,2]。
また、下部プレナムデブリサンプルの分析から、デブリ中のU:Zr比は初期インベントリに近いこと、構造材などの金属成分はほとんど存在しておらず、ほぼ酸化物相で構成されていること、数%混入している構造材成分は酸化物として、結晶粒界などに第2相として存在していること、制御材成分はほとんど混入していないこと、一方で、ボイドが多く形成されており、その内部に金属析出物の析出やCsの捕獲が見られること、などが明らかにされた[39]。
参考:下部プレナム調査
燃料デブリ取り出し準備
デブリ取り出しの基本構想、Quick Look調査に基づく工法の修正に基づき、RPVヘッドと上部プレナム構造物の取り外しに向けた準備作業と取り外し、さらに、燃料デブリ取り出し作業用の作業用プラットフォーム(SWP)の設置が、以下の手順で進められた[1,2]。
- 1982年11~12月: RPVヘッド上部のCRDMからリードスクリューとスパイダーの接続を外し、リードスクリュー3本を撤去(分析に回す)
- 1983年11月~84年2月: ポーラークレーンの再起動試験
- 1984年4月: RPVヘッド移送中の緊急時に、燃料移送Canalを水没させるために、RPVヘッドとCanal浅瀬の間に、Canal Seal Plateを取り付け(#Canalに注水した未汚染のホウ酸水とRPV内部の汚染水のコンタミ防止のため)
- 1984年6月: RPV内と一次系(RCS系)の減圧と水位低下
- 1984年7月: RPVヘッド外側のスタッドなど構造物を取り外し、建屋の貯蔵ラックに移送
- 1984年7月: 残りのリードスクリューを中間引き上げ位置でいったん固定
- 1984年7月: RPVヘッドの取り外し、建屋内の遮蔽された貯蔵スペースに移動
- 1984年7月: RPV上部に改良IIF(Internals Indexing Fixture)を設置し(図18)[1]、冷却水(ホウ酸水)水位を制御棒案内機構(CRGA: Control Rod Guide Assembly)が水没するまで上昇
- 1984年12月: 上部プレナム構造物の初期リフト、内部調査、付着デブリの除去、さらに、下部プレナム領域の調査とデブリサンプリング
- 1985年5月: 上部プレナム構造物の最終リフト(図19)[1]、Canal最奥部に移送して水中で貯蔵。その準備作業として、Canal最深部水位を高めるために堰き止め用のDAMを設置
- 1985年8月: 改良IIFの上に遮蔽付き作業プラットフォーム(SWP: Shielded Working Platform)を、その周囲に支持構造物を、それぞれ設置
参考:RPVヘッド取り外し
燃料デブリ取り出し作業と内部調査の継続 -馬蹄形リング構造、下部プレナム調査、コアボーリング調査、デブリサンプル分析
ここでは、デブリ取り出し開始以降の取り出し作業中に得られた知見、および、取り出し開始以降に行われたRPV内部調査とデブリサンプル分析の概要をまとめる。
デブリ取り出し初期には、ブラインド作業で上部ルースデブリの回収が進められた。しかし、冷却水の水質が若干改善し、上部ルースデブリ回収の後半では、回収途中の内部状態がビデオ撮影できるようになった。この段階で、周辺に残留していた燃料集合体の1層内側で、当初は上部ルースデブリと想定されていた領域に、馬蹄形リング構造と呼称される堆積物が存在していることが確認された
上部ルースデブリ取り出し後に、ハードストップ層の表面状態が観測され、あらかじめ計画されていた部位(10本)でのボーリング調査が行われた。ボーリング調査の開口部を利用して、下部プレナム中央部の調査も行われた。並行して進められていた事故進展解析により、炉心中央下部に溶融凝固層が存在することが推定されていたが、その存在範囲がボーリング調査で明らかになった。そこで、ボーリング先端ビットを固体破砕タイプに交換し、溶融凝固層の破砕作業が行われた。破砕されたデブリは、Pick-and-Place工法と、この段階から投入されたエアリフトシステムを使って回収された。
馬蹄形リング構造の発見
1985年11月から、上部ルースデブリの取り出しが進められた。しかし、取り出し開始直後から、デブリ取り出しに使用していた長尺ツールの油圧媒体によって微生物が繁殖し、冷却水の透明度が著しく低下するという不具合が発生した。これは、油圧媒体を交換することや、冷却水処理系を改良することで次第に改善され、1986年10月ごろには冷却水の透明度がほぼ回復した。一方で、冷却水の透明度が低い中でのブラインド作業ではあったが、上部ルースデブリの取り出し作業中に、その外周部に、リング状に比較的硬い領域が存在していることが明らかになった(1986年初旬)。デブリ回収の進捗に伴って、この凝集物のような構造の全体像が明らかになり、馬蹄形リング構造と称された。1986年3月から1987年2月にかけて、冷却水透明度の改善に並行して、馬蹄形リング構造周辺のビデオ撮影と探針調査が行われ、1986年6月ごろには馬蹄形リング構造の全体像が確認された[19]。
図20に、1986年10月時点での炉内状況推定図を示す[19]。この時点では、RPVヘッドと上部プレナム構造物は取り外し済みであり、炉心上部は改良IIFで水位がかさ上げされている。上部空洞周辺については、約40体の燃料集合体が残留していたが、すでに数体は倒され、シャーリングで切断されていた。炉心中央付近のルースデブリはすでに回収されていた。馬蹄形リング構造は、燃料棒の下端から130~280cmの高さ範囲で、炉心の方位角として120~70°に存在していた(#炉心全周の約5/6を覆っていたことから、馬蹄形と称された。後の調査で、馬蹄形の切れている付近のやや下で溶融デブリが下部プレナムに移行したことが確認された)。馬蹄形リング構造は、炉心周辺燃料集合体の内側で、ハードストップ層の上に広がっていた。リングの内径は約250cm、高さは約70cm、幅は約20cmであった。馬蹄形リングの下には、ほぼ無傷の燃料集合体が切り株状に残留していると推定された。馬蹄形リング構造物の上部では、破損した燃料バンドルなどが、岩石に埋もれている化石のような状態で凝集・固着していた。また、馬蹄形リング構造の内表面に石畳のような外観であった。さらに、その下部では、上部クラスト層との界面が形成されていた。図21に馬蹄形リング構造の内側表面の模式図を、図22に外観写真を示す[19]。 馬蹄形リング構造に関するビデオ観測結果は、その部分の取り出し工法や以降のボーリング調査の計画に反映された。ボーリング調査は、馬蹄形リング構造をかわして、その内側(炉心中央~中間部)について行われることとなった。また、事故シナリオ推定の精緻化にも馬蹄形リング構造の形状や外観に関する知見が利用された。事故の途中過程で、馬蹄形リング構造の上端あたりでいったん上部クラスト層が形成され、ついでその下のデブリベッドの中央で溶融プールが形成されたこと、さらに溶融プールが下部プレナムに移行する際に上部クラスト層が陥没し、周辺領域が馬蹄形リング状に残留したこと、などが推定された[16]。リング構造が途切れている部位(角度)は、後のデブリ取り出し工程で観測された溶融デブリの流出部位と整合していた。
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図18 IIFの設置模式図 [1]
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図20 ボーリング調査直後(1986年10月時点)に改定された炉内状況推定図 [19]
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図21 馬蹄形リング構造の模式図(炉心上部から見た様子)[19]


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コアボーリング調査と溶融凝固層の破砕作業
コアボーリング調査
1985年末頃には、ハードストップ層の下でデブリがいったん溶融し、特徴の異なる複数の層が凝固・成層化している可能性が高いこと、また、その一部が事故進展中に下部プレナムに移行したこと、が明らかになってきた。そこで、デブリ取り出し工法の改良と事故シナリオの解明の両方の目的で、ハードストップ層以下の堆積状態(マクロな成層化状態、さらに、事故時のピーク温度、物質の相互作用、FP保持率、デブリへの構造材成分の混入、など)を調査するため、Core Stratification Sample Acquisition計画が進められた[1,2]。1986年6月までに、ほぼ上部ルースデブリの回収が終了した後、SWP上にコアボーリング装置が設置され、1986年7月にコアボーリング調査が行われた(10本)。図23に、コアボーリングの方法を模式的に示す[1]。ボーリング径は約6cm、回収されたサンプル長は約2.5m長であった。10本のうち9本でボーリングサンプルの回収に成功し、3本でLCSA貫通に成功した。しかし、LCSA以下の領域からのボーリングサンプル回収には失敗した[20]。
ボーリング調査では、炉心中央に近い5本(D8,G8,K9,K9,N5の集合体があった位置)で硬いクラスト層を貫通した。さらにそのうち3本(G8,K9,K6)では、クラスト層が上下層に成層化し、両者の間に多孔質セラミックのもろい層(上下クラスト層、溶融凝固層)が存在していることが確認された[20]。一方、やや炉心周辺に位置するD8とN5では、上下クラスト層が一体化しており、溶融凝固層は存在していなかった。この領域は周辺クラスト層と呼称された。いずれも下部クラスト層の下には切り株状の燃料集合体が残留していた。図24に、これらの貫通部位と深さ方向の堆積状態を模式的に示す[20]。多孔質領域はボーリング作業中に容易に破砕され、約80%の物質がボーリングサンプル回収物から外に流出した。また、切り株燃料領域では、残留していた燃料被覆管に金属としての延性が十分残されていたため、ボーリング作業中に変形した。ボーリングで開けた穴に小型カメラを挿入し、穴の側面を観測することで、実際の多孔質層が稠密であることや、切り株燃料集合体部分ではほとんど歪みや損傷がないことが確認された。ボーリングサンプルのうち9本と、多孔質領域の破砕サンプルをアイダホ国立研究所(INEL)に輸送し分析が行われた[21]。
図25に、コアボールサンプルのうち、炉心中央で溶融凝固層を貫通したG8,K9サンプル、中間領域で上下クラスト層が一体化した領域を貫通したD8サンプル、炉心外周部で切り株燃料集合体領域のみを貫通したG12サンプルの断面モザイク写真を示す[21]。これらの分析結果から、上部クラスト、下部クラスト、溶融凝固層、切り株燃料集合体、炉心下部構造物の状態について、以下のように評価された。
- 上部クラスト層: 稠密で硬く、4.5~11.5cmの厚さで、金属相を多く含む(約25%)。平均密度は8.4g/cm3で、重量は約2.45tと推定。
- 溶融凝固層: 多孔質でもろく、ボーリング作業中に約80%が流出。その堆積範囲は、炉心中央部で約3m径、堆積厚さは炉心中央で約1.5m厚、炉心周辺で約0.3~0.6m厚。金属相の割合が少なく(<約15%)、平均密度は5.5~8.8g/cm3で、重量約21.5tと推定。三角錐型の形状に堆積。
- 下部クラスト層: 稠密で硬く、数cm厚さで、るつぼ形状に下に凸の構造。また、残留ペレットの隙間に溶融凝固物が堆積し、金属相の割合が多かった(約40%)。平均密度は7.3g/cm3で、重量約8.76tと推定。
- 切り株燃料集合体: 下部クラスト層の下に存在する、ほぼ無傷な燃料棒や制御棒。炉心中央で約0.6m長さ、炉心周辺部で約1.2m高さで、重量は約44.5tと推定。その上部は漏斗型に下部クラストと接続。
- LCSA: ほぼ損傷がなく、本来形状を維持、数tのデブリが付着。
さらに、推定した各層の容積や比重から、溶融凝固層とクラスト層の物量が合計で約32.7tであると評価された。上下クラスト層の形成位置から、その内部の溶融凝固層が、炉心中央から約3m径の範囲に広がっていること、炉心中央では堆積深さが約1.5m、炉心中間領域では約0.3~0.6mであると推定された。
溶融凝固層の破砕作業
これらのボーリング調査の結果を反映して、上部クラスト層~下部クラスト層にかけての燃料デブリは、ボーリングマシンの先端を改良して破砕してから回収することが最終決定された。1986年8月には、ボーリング装置の先端治具を固体ビットタイプに交換して48本のボーリングが追加実施され、馬蹄形リング構造の内側のクラスト層以下の破砕が行われた。破砕が十分でなかったため、1986年11月にさらに409本のボーリングを追加し、デブリ瓦礫がさらに破砕された(スイスチーズ化)[18]。一方で、切り株燃料集合体や炉心下部の構造物は、アークプラズマやウォータージェットで切り出すことが決められた。この時点では、下部プレナムへのデブリ移行経路が特定されていなかったため、炉心下部のデブリ取り出し過程をビデオ撮影し、溶融デブリの下部プレナム移行経路を調査することされた。
事故進展解析については、ビーリング調査の結果を受けて、堆積したデブリの一部が炉心中央で溶融プールを形成し、その一部が下部プレナムに移行したことがほぼ確定した。しかし、下部プレナムへのデブリ移行経路はまだ不明であり、真下への移行、周辺燃料集合体を経由した移行、バッフル板を破りコアフォーマ領域を通じての移行、などの可能性が考えられていた。
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図23 TMI-2で用いられたコアボーリング方法の概略[20]
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図24 コアボーリング部位とデブリ体積状態[20]
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図25 コアボーリングサンプルの断面モザイク写真[21]
圧力容器内の推定状態の変遷②:ボーリング調査の前後
ここから、、、
1983年から85年にかけて実施された、上部ルースデブリの分析と探針調査、下部プレナム内部調査の結果を反映した圧力容器内部の推定状態の変遷を図26に示す。Underhead Characterization計画で採集された上部プレナム構造物に付着していた物質の分析により、事故時ピーク温度は700~1255Kと評価され、炉心上部の構造物は溶融するような温度を経験しなかったことが確認された[34]。一方で、上部格子には溶融物が滴って凝固した痕跡が観測され、回収したサンプルの分析でインコネル材の溶融の痕跡が見られたことから、上部格子は事故時に1700K近くまで温度上昇していたと評価された[34]。ソナーとビデオを使った画像マップデータに基づき、上部空洞は本来炉心に対し約26%の容積に相当すると評価された[29]。上部ルースデブリの探針調査では、ルースデブリ表面から約1m下に硬い層があることが確認された[7]。また、上部ルースデブリサンプルの分析により、そこに堆積している粒子状や瓦礫状のデブリの成分が5群に類型化され、それらデブリ成分の分布は非均質であるが、形状については、粒子状や瓦礫状のデブリが比較的均質に堆積していることが明らかになった[18]。また、ルースデブリサンプル中に(U,Zr)O2の溶融凝固相が検出されたことから、燃料崩落時のピーク温度はその融点である2810Kに達していたと推定された。さらに、一部でUO2ペレットにも溶融の痕跡があり、局所的にはその融点である3120Kまで到達していたと評価された。一方で、上部ルースデブリ中には未溶融のペレットが多く見つかり、いったん堆積するまでの上部ルースデブリの多くの部分では、ピーク温度が2000K以下であったか、あるいは、その温度を超えていたとしても、極めて短い時間であったと推定された[18]。また、上部ルースデブリのかさ密度は深さ方向に変化していたが、デブリ粒子の化学的な特性はあまり変化してないことが確認された。一方、圧力容器の下部については、この時点で初めて行われた下部プレナム調査により、下部ヘッド上にデブリらしき堆積物が存在していることが確認され、堆積物の容積から、その重量は約9~18tと評価された[30]。これは炉心物質の約10~20%に相当した。その上にあった炉心下部の支持構造物にはほとんど損傷は見られなかった。また、上部ルースデブリの取り出し過程で、その外周部に馬蹄形リング構造があることが確認された[16]。これらの知見を反映した、1986年10月時点(ボーリング調査の直後)での炉内状況推定図を図26の右図に示す[1,2,16]。
コアボーリングサンプルの分析
コアボーリングサンプルのそれぞれの領域から、数mmサイズの粒子状サンプル数個ずつを分取し、外観・物理分析、研磨断面の微細組織分析、化学・放射化学分析などが行われた[32]。
上部クラスト、周辺クラストについて
図27に、典型的な上部クラスト粒子(サンプルID:D8-P3)の断面金相を示す。周辺クラストの特性は上部クラストとほぼ同様であった。
- 混合・相状態: 多孔質セラミック相と稠密金属相が混合し、相互溶解はほとんど見られない。金属相の体積割合は約25%(溶融凝固層に比べ金属リッチ)。
- 機械的・物理的特性: 硬い。密度7.8~9.7 g/cm3
- 主成分: 酸化物相は(U,Zr)O2、ほぼ二酸化物だが、わずかに亜酸化状態の領域が存在。金属相は、Zr-SS-Inconel-中性子吸収剤(Ag-In-Cd)-可燃性毒物材(Al2O3-B4C)由来の物質の合金。わずかに金属Uが存在。
- 成分分布: 酸化物相はほぼ均質、金属相は様々な合金が混在し、非均質。
- 推定されるピーク温度: >2810K(二酸化物相に溶融の痕跡)、局所的に>3120K(UO2に溶融の痕跡)
- 推定される形成過程: 主要な炉心構成物質が、いったん均質な溶融状態を形成してから、凝固する過程で上部/周辺クラストを形成。クラスト形成後に、炉心上部が再加熱され、金属メルトが再溶落して流入。溶融プールの流出時に陥没。
下部クラストについて
図28に、典型的な上部クラスト粒子(サンプルID:K9-P1)の断面金相を示す。
- 混合・相状態: ほぼ未溶融の燃料ペレットスタックの隙間に金属メルトが侵入し凝固。ZrのUに対する相対濃度が炉心平均より大きい。
- 機械的・物理的特性: 稠密で硬い。密度7.0~7.6 g/cm3
- 主成分: 残留UO2ペレット。金属メルト(Zr-O-SS-インコネル、U金属をわずかに含む)の凝固物。中性子吸収剤(Ag-In-Cd)-可燃性毒物材(Al2O3-B4C)由来の物質。
- 成分分布: 酸化物相はほぼ均質(照射中の状態を保持)、金属相は様々な合金が混在し、非均質。
- 推定されるピーク温度: 1300~1500K、金属メルトの溶融時に約2200K
- 推定される形成過程: 炉心上部で溶融したZr-SS-O(-U)メルトが、冷却水水位の直上まで溶落し。燃料棒の隙間に堆積、被覆管を溶融後に凝固。可燃性毒物棒成分や制御棒被覆管とZryの相互作用による低融点金属相の形成が、金属メルト形成のきっかけとなったと推定。
溶融凝固層について
溶融凝固層中には、主に酸化物からなる領域、主に金属からなる領域、両者が混合して存在する領域が見られた。図29に、それぞれの領域の断面金相写真を示す。
- 混合・相状態: 多孔質セラミックからなる酸化物相領域、稠密金属相領域、混合領域が混在。このうち、多孔質領域は、ボーリング中に約80%が流出。金属相の堆積割合は、平均で約15%(比較的、溶融凝固層の周辺部に多く存在)。
- 機械的・物理的特性: 酸化物相の密度6.9~8.8 g/cm3、金属相の密度5.5~8.8 g/cm3、混合領域の密度7.6~9.1 g/cm3、酸化物相中にはボイド、空孔が多く存在(溶融の痕跡)
- 主成分(酸化物相): 多孔質な(U,Zr)O2の溶融凝固バルク相。SS-Al系酸化物の第二相。
- 主成分(金属相): SS-インコネル-中性子吸収剤(Ag-In-Cd)、Zryに由来するSnなどの合金相。
- 成分分布: 酸化物相は比較的均質。金属相は非均質。
- 推定されるピーク温度: >2810K、局所的に>3120K(# 溶融凝固した酸化物相中に、特有の四角い形状のUO2粒子が析出)
- 推定される形成過程: 主要な炉心抗生物質が、ルースデブリベッドとしていったん堆積した後に溶融し、ほぼ均質な溶融プールを形成。その一部が、下部プレナムに移行。残留したメルトは徐冷されて凝固。これらの移行・凝固過程で、デブリ体積の収縮が発生。
切り株燃料集合体について
切り株燃料については、燃料棒3本(採集位置:D4,G8,K9)、制御棒4本(採集位置:D4,K9,N12,O7)、計装案内管1本(採集位置:G8)をサンプリングして分析を行った。図30に、切り株燃料集合体部部から回収したサンプル中の、Zry被覆管と計装案内管の断面金相をそれぞれ示す。
- 状態: クラスト層の下に、切り株燃料集合体が残留。炉心外周部で残留長が長く(約1.2m)、炉心中央で短かった(約0.6m)。
- 機械的・物理的特性: 事故前の特性や形状をほぼ維持。
- 成分分布、残留状態: 残留UO2ペレット(被覆管との相互作用の痕跡なし)。残留燃料被覆管(被覆管外周の酸化の痕跡なし。昇温による再結晶化の痕跡なし)。残留制御棒(上端で、Ag-In-Cdがわずかに溶融した痕跡)。計装案内管(被覆管内部に金属デブリが溶落した痕跡)。
- 推定されるピーク温度: 上端を除いて<920K、上端で>1073K。
- 推定される形成過程: 事故時に冷却水の水位以下にあり、ほぼ無傷な状態を維持。
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図27 上部クラストサンプルの断面金相 [32]
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図28 下部クラストサンプルの断面金相 [32]


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ボーリングサンプルの化学・放射化学分析の方法について
ボーリングサンプルの化学・放射化学分析は、それぞれの領域(上部クラスト、溶融凝固層、など)から採集した数100mg~数10g程度の粒子状のデブリサンプルから、注目する箇所をさらに数10mg~200mg程度分取して実施した(例えば、上部クラスト層の上層、中間層、下層を分取)。デブリは硝酸に難溶性のため、Pyrosulfate fusion technique(硫酸塩を用いた溶融法)を用いて、デブリ成分をいったん硫酸基に変化させてから、酸溶融して実施した。また、燃料デブリサンプル中には、濃度範囲が大きく異なった元素(数桁以上の濃度差)が混在していると考えられるため、主要な炉心構成物質15元素について事故前の炉心平均組成をとりまとめ、分析結果はこれらの元素比の変化として整理された。表2に、主要15元素について、事故前のTMI-2炉心の平均組成を示す[35]。核燃料であるU、燃料被覆管主成分のZr、制御棒や燃料集合体部材に用いられているFe,Cr,Ni、中性子吸収剤成分のAg,In,Cd、ジルカロイ被覆管やSSにマイナー成分として含有されるSn,Mn,Nb、可燃性毒物棒の成分であるAl,B,Gd、については、炉心平均での組成が0.01wt%を超えており、これらを主要元素として、分析データが整理された。酸素は主要元素であるが、事故進展中に金属成分が酸化するために次第に存在量が増加する。そこで、表1では、事故時の酸化度上昇分を除いた値(すなわり、UとAlの酸化物の理論重量からの寄与分)として記載している。
化学分析には、ICPが用いられた(#ICP-MSではない)。測定したサンプルごとに、分析で得られた各元素の濃度について、U/Zr比、U/Fe比、Fe/Ni/Cr比、Zr/Sn比、Ag/In/Cd比、U/Gd比などで整理された。
- U/Zr比:燃料と被覆管の相互溶解度の指標
- U/Fe比:燃料と制御棒などの構造材との相互溶解度の指標
- Fe/Ni/Cr比:SSやインコネルの酸化度の指標。これら元素とUやZrとの親和性の違いの指標
- Zr/Sn比:燃料被覆管の酸化度の指標
- Ag/In/Cd比:中性子吸収剤の蒸発度の指標
- U/Gd比:燃料デブリの溶解度の均質性や広がりの指標
放射化学分析では、主にFPを対象として、主にガンマ線計測が用いられた。多種多様なFPをすべて定量測定することは効率的でないため、参考文献[35]で提示された揮発性の区分に基づいて、FPを高揮発性、中揮発性、低揮発性の3群に分類し、それぞれから代表的な7核種を選定して、定量評価を行った。表3に、揮発性の分類とTMI-2サンプル分析で選定された分析対象核種を示す[35]。FP分析でも、核種ごとに数桁以上異なる分析結果が得られると考えられるため、U-235あるいは、Ce-144に対する比として、分析結果が整理されている。また、事故直後の炉心平均組成として、ORIGEN-IIの計算結果を補正して用いている。これは、内部調査により、炉心最外周の燃料集合体は、あまり溶解していないことが明らかになったため、そこからの寄与分を除いた評価としたためである。なお、I-129とCs-137は高揮発性の重要核種として(特にCs-137は重要線源として)、Sr-90は中揮発性の重要核種および線源として選定された。Sb-125とRu-106は中揮発性であり、デブリの酸化度に応じて蒸発傾向が変わると推定されたことから選定された。Eu-154はUに帯同し、燃料度評価の指標に利用できる低揮発性FPとして検討されたが、分析結果により、ある程度蒸発していることが明らかになった。Ce-144は低揮発性物質としてUに帯同していると推定された。.
| 元素 | 由来 | 平均組成(wt%) | 元素 | 由来 | 平均組成(wt%) |
|---|---|---|---|---|---|
| U | 核燃料 | 65.8 | Ag | 中性子吸収剤 | 1.8 |
| Zr | ジルカロイ被覆管 | 18.0 | In | 0.3 | |
| Sn | 0.3 | Cd | 0.1 | ||
| Fe | SS部材、インコネル部材 | 3.0 | Al | 可燃性毒物 | 0.2 |
| Cr | 1.0 | B | 0.1 | ||
| Ni | 0.9 | Gd | 0.01 | ||
| O | UO2, Al2O3として評価 | 8.5 | Mn | 金属部材のマイナー成分 | 0.08 |
| Nb | 0.04 |
| 揮発性の区分 | 元素群 | 分析対象核種 |
|---|---|---|
| 高揮発性 | 希ガス、ハロゲン、Se,Te | I-129、Cs-137 |
| 中揮発性 | 沸点がUO2の融点(<3120K)以下の物質
アルカリ土類、希土類/遷移金属の一部 Am,Cm #ただし、Ru,Moは酸化度により揮発性が大きく変化 |
Sr-90、Sb-125、Ru-106、Eu-154 |
| 低揮発性 | U,Np,Pu、希土類の一部、貴金属 | Ce-144 |
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内部調査、燃料取り出し作業 -下部プレナムデブリの分析、炉心部と下部プレナムからのデブリ取り出し、炉心下部構造物とコアフォーマ領域の解体、下部ヘッド破損状態の調査-
ここでは、下部プレナムに堆積していたデブリ(ルースデブリ、ハードデブリ)の分析、炉心下部と下部プレナムからの燃料デブリ取り出しによって明らかになったデブリ移行経路と圧力容器底部の破損状態、さらに、炉心下部構造物とコアフォーマ領域の調査と解体において得られた知見を整理した。図1(前述)の、内部調査とデブリ取り出しの経緯を参照いただきたい。

下部プレナムルースデブリのサンプリング
1985年7月と12月に実施された下部プレナム調査(上述)では、炉心外周の熱遮蔽板の外側の幅約25cmの円環状の領域に、炉心上部から長尺ツールを挿入して、下部プレナム堆積物(主に外周部)の画像撮影とサンプリングが行われた[30]。サンプリングは下部プレナム外周部に堆積していた粒子状デブリの上層部分について行われ、16個の粒子が採集された。そのうち8個が、INELとANLに輸送され分析された[36]。8個の粒子は、輸送中に11個に分離していた。図31に、採集したルースデブリ粒子の外観写真を示す[36]。それぞれ1~6mmのサイズであり、重量は数g~最大500gであった。サンプルIDとして、7-1,7-6,7-7,11-1,11-2,11-4,11-5,11-6,11-7,11-10,11-11と名付けられた。7と11は長尺ツールを挿入したポートの番号である。これらのサンプルを切断、小分けして、微細組織分析、化学・放射化学分析、圧縮模擬試験などが行われた。下部プレナム堆積デブリのうち、表層側の粒子状の物質が多い部分を、下部プレナム"ルース"デブリ、あるいは、下部ヘッド"ルース"デブリと呼称されている。

下部プレナムルースデブリの分析
下部プレナム"ルース"デブリの分析結果をまとめる[36,37]。図32に、ルースデブリ粒子の断面金相と拡大BSIを示す[37]。
- 外観: 多孔質で空孔が多い。金属系のデブリはわずかにしか存在していない。
- 比重: 6.6~8.3(平均7.1)g/cm3
- 空孔率: 8~30(平均25)%
- 成分: 溶融凝固した(U,Zr)O2相(バルク相)、SS-Alの酸化物相(第二相を形成、あるいはバルク相の結晶粒界に析出)。バルク相の空孔内に、わずかに金属析出物(Ag,Ni,Sn,Ru)。#炉心部の溶融凝固層と異なり、Zr,Fe,Cr,Al成分がほぼすべて酸化し、金属相にはNiなどがわずかに存在していた。
- 組成・分布: 比較的均質な組成で、平均62~72U-11~16Zr(wt%)、残りはSS成分と酸素。#事故前の炉心平均に比べZrやSS濃度が小さい。
- 事故時のピーク温度: >2810K、局所的に3120K近くに到達。#(U,Zr)O2は溶融の痕跡、一部UO2が融点直下の痕跡あり。
- FP分布: サンプル平均の分析値として、初期の炉心平均組成に対し、Cs-137の13%、I-129の3%が、主に空孔内に残留。Sb-125の2.5%、Ru-106の6%が、金属デブリ中に選択的に残留していた。

図33 ボーリング調査前後での溶融凝固層からのデブリ移行経路の推定の違い [1,2] 
図34 炉心部からのデブリ取り出し後の様子(1987.9月撮影) [3] 
図35 コアフォーマ領域の見取り図(バッフル板と下部支持構造を除く)[2] - 同位体比: U-235の富化度は、炉心最外周の集合体を除いたORIGEN-IIの計算結果に近い。#下部プレナムルースデブリは、燃料集合体が均質に溶融してから形成されたと推定される。
- 切断、圧縮試験: ダイアモンドソーで切断可能なことを確認。圧縮横領111MPaと測定。
- 事故時のふるまいの推定: 炉心部で形成された溶融プールが、下部プレナムに短時間で移行し、凝固。炉心部での溶融プール形成過程で、金属溶融物やSb,Ruがクラスト層に選択的に移行。溶融プールの下部プレナムへの移行過程で、デブリの酸化度が上昇、デブリ凝固過程で低融点の酸化物第2相が液相中に濃化し、凝固したバルク相と共に広い温度範囲で固液混合状態を形成。これが、デブリと圧力容器壁との接触性が低下し、伝熱に影響した可能性が示唆。一方で、揮発性FPが空孔内にかなり保持され、当初推定より、揮発性FPの保持率が高い。
圧力容器内の推定状態の変遷③:デブリ移行経路の推定
コアボーリング調査前には、図33左図のように、上部クラスト層の下の堆積・成層化状態が確定しておらず、また、溶融プールの下部プレナムへの移行について、いくつかのルートが推定され、不確かさが大きかった。ボーリング調査と下部プレナム調査、採集したデブリサンプルの分析により、炉内状況推定図が図33右図のようにアップデートされた。この時点での炉内状況推定図は、後で示す最終形態にかなり近いが、まだ、下部プレナムへのデブリ移行経路と下部プレナムでのデブリ分布についての不確かさが残されていた。下部プレナムへの移行経路としては、炉心中央部のコアボーリングサンプルで下部クラスト層に大きな破損の痕跡が見られなかったことから、炉心周辺部の燃料集合体の隙間を通じて移行した可能性が高いと考えられた。この時点では、露出していたバッフル板に大きな歪みや破損が見られなかったことから、コアフォーマ領域へのデブリ侵入の可能性は低いと推定されていた。デブリ移行経路については、切り株燃料集合体の取り出し作業をビデオ録画することで、移行箇所を特定することとされた。また、下部プレナムに堆積したデブリは、表層のルースデブリの下に固着したハードデブリが存在していることが明らかになったが、この時点ではt、ハードデブリの特性とハードデブリによる圧力容器内壁や計装管の損傷程度は未解明であった。
炉心部からの燃料デブリ取り出し
本節では、炉心部からの燃料デブリ取り出しの経緯をまとめる。1985年10月に、SWPから、収納缶位置決めシステム(Canister Positioning System: CPS)などのデブリ取り出しツールを吊り下げ、回転式カルーセルに最初のデブリ収納缶を取り付け、位置決めが行われた。1985年11月から、上部ルースデブリと炉心上部周辺領域の破損燃料集合体の取り出しが開始された。デブリの解体・小分けには各種のツールが用いられた。上部ルースデブリは、いったんデブリバケツに収納した後に、デブリバケツを引き上げてデブリ収納缶内に挿入された。収納缶は、圧力容器の上部の遮蔽キャスク内に引き上げ、Canal最深部経由で、使用済み燃料貯蔵プール内の貯蔵ラックに移送された。
上部ルースデブリの取り出し進捗に並行して、作業過程のビデオ撮影(1986年3月~1987年2月)と探針調査が行われた。その結果、上部ルースデブリの周辺に馬蹄形リング構造が存在することなどが明らかになった[16]。馬蹄形リング構造の全体像は、水質の改善とともに1986年6月に確認された。水質の悪化は、長尺ツールの油圧媒体による微生物繁殖が主な原因であり、油圧媒体の変更と、過酸化水素水を投入して、微細物を絶滅させる対策がとられた。また、フィルター側にも粉末凝固剤とプレコートフィードでの対策が施された[1,2]。
1986年7月に、最初のコアボーリング調査が10本実施された[31]。また、馬蹄形リング構造の内側の固い層については、ボーリング装置を利用してデブリの破砕作業が2回に分けて行われた。1回目は、1986年8月に48本のボーリングで実施され、2回目は1986年11月に409本のボーリングで実施された。これらの作業により、クラスト層以下の硬いデブリ層が、収納缶内に回収できるようなサイズになった。並行して、1986年11月ごろまでに、馬蹄形リング構造の破砕・解体と回収が進められた。粒子化された炉心中央~下部の燃料デブリの取り出しは、1986年12月~1987年2月にかけて行われた。デブリ破砕と回収作業にともない、一部のデブリが下部プレナムまで崩落した。
1987年3月~9月にかけて、破砕した燃料デブリの回収後に、切り株燃料集合体の回収が行われた。その過程で、溶融デブリによるバッフル板の破損が明らかになった。その後、1987年10月にコアフォーマ領域の調査が行われた。1988年0月までに、炉心部からの燃料デブリ回収が完了した。図34に、炉心部からの燃料デブリ回収後に上部から撮影した様子を示す。炉心下部の支持格子、その隙間に下部プレナムデブリ、また、炉心周辺のバッフル板が確認できる[3]。
コアフォーマ領域の調査と解体
1987年2月までの内部調査では、炉心を取り囲むバッフル板の露出された部分には若干の歪みはあるものの大きな破損は見られなかったため、その外側に円環状に設置され炉心を支持していたコアフォーマ領域へのデブリ侵入はほとんどないと推定されていた。図35に、事故前のコアフォーマ領域の見取り図を示す[2]。バッフル板と炉心支持板を撤去した見取り図になっている。ところが、1987年3月から切り株燃料集合体の取り出しが進むと、R7燃料集合体が設置されていた付近でバッフル板に破損穴があり、その内部にデブリが侵入していることが発見された。そこで、コアフォーマ領域について、1987年2月に線量計を用いた調査が、1987年10月にファイバースコープ、小型ビデオカメラ、線量計を挿入した調査が行われた。画像調査によりコアフォーマ領域内に堆積物を発見したが、冷却水の濁りが多く堆積物分布を詳細に確認することはできなかった。そこで、線量マップとビデオ画像を組み合わせて堆積物の分布マップを作成した(図36)[4]。コアフォーマ領域の全周に対して約3/4の範囲に溶融凝固物が侵入していることや、溶融凝固物はコアフォーマ領域やその手前にあるR7燃料集合体の冷却剤流路を通じて下部プレナムに移行したことが明らかにされた。また、コアフォーマ領域の堆積物重量は約4tと評価された。

これらの知見に基づき、バッフル板とコアフォーマ領域については、まず、プラズマトーチを用いてバッフル板を縦に8分割し、次に2枚ずつ宙吊りして約90度回転させ、アークプラズマやブラシツールでデブリを回収する方式が採用された[2]。圧力容器槽とバッフル板との接続ボルト(864本)は、ボーリングマシンで切断、付着していたルースデブリは回転ブラシ治具で除去、ハードデブリはウォータージェットやソーを使って除去した。この作業は、1987年の7月から10月に行われた。
炉心下部構造物の解体と下部プレナムデブリの取り出し
1988年1月から1989年3月にかけて、炉心下部の支持構造物(Lower Core Support Assembly: LCSA)の解体と取り出しが行われた。図37(a)に、LCSAの模式図を示す[1]。それまでの内部調査で、本来の5層構造がほとんど維持されており、溶融デブリの下部プレナムへの移行経路周辺にデブリが固着していることが明らかになっていた。そこで、縦方向に入っている案内管などの切断・解体にはコアボーリング装置を使用、プレート状の構造物にはプラズマアークトーチを使用、付着している燃料デブリの剥ぎ取りにはウォータージェットや機械式のツールを使用することとされた。

図37(b)に、LCSA解体・取り出し後の下部プレナムの断面模式図を示す。この時点では、まだ、コアフォーマ領域が残存していることが確認できる。下部プレナムデブリの取り出しでは、まず、堆積物から突き出ているインコアモニター案内管と、デブリの上部に残されていた楕円形の流量分配ヘッドを機械的に取り除いた。次に、プラズマアークトーチ、ボーリングマシン、エアリフト、真空吸引システムなどを用いて、下部プレナム"ルース"デブリを回収した。図38(a)に、1989年2月に作成されたルースデブリの堆積状態の見取り図を示す。ルースデブリは、約7~15cm厚で堆積していた。さらに、136kgの重さを持つスライドハンマーを約6.1mの高さから落として下部プレナム"ハード"デブリを破砕して回収した(#安物スーツケース破砕作業と称されている)。破砕したデブリの一部は、下部プレナムハードデブリサンプルとして、OECD/NEAでの国際協力(VIP計画:Vessel Inspection Project [38])で分析された。図38(b)に、1989年6月に作成された、ルースデブリ取り出し後のハードデブリの堆積高さマップを示す。領域を四分割し、それぞれの領域から分析用のサンプルを採集した。ハードデブリは約5~45cm厚さで堆積していた。下部プレナムデブリの取り出しは、1989年3月から12月にかけて行われた。

クリーンアップ作業
1989年12月にデブリ取り出し作業が終了したと報告されている[1,2]。その後、圧力容器内部の画像調査、内壁や配管・フィルターへの残留付着物のサンプリングなどにより、燃料デブリの残留量を同定した(1990年1月)。さらに、圧力容器内をフラッシングしてルースデブリを吸引し、残留デブリの回収を行った(1990年3月)。これらにより、未回収デブリは900kg以下と判定された。これは初期の炉心物質重量に対し<1%であった。
下部ヘッドハードデブリの分析
下部プレナム"ハード"デブリの分析結果をまとめる[38]。図39に、ハードデブリの断面拡大BSIを示す。
- 外観: 多孔質で空孔が多い。金属系のデブリはわずかにしか存在していない。
- 比重: 7.45~9.4(平均8.4)g/cm3 #ルースデブリは平均7.1 g/cm3
- 空孔率: 5.7~37(平均18)% # ルースデブリは平均25%
- 成分: 溶融凝固した(U,Zr)O2相(バルク相)中にわずかに(Zr,U)O2相が相分離して存在。SS-Alの酸化物相(第二相を形成、あるいはバルク相の結晶粒界に析出)。バルク相の空孔内に、わずかに金属析出物(Ag,In)。#ルースデブリに比べ、徐冷された痕跡
- 組成・分布: 比較的均質で、炉心平均に比べSSやZr濃度が低い。#ルースデブリに比べ、ややU濃度が高く(約70wt%)、SS酸化物濃度が低い。ルースデブリはU濃度約65wt%

図39 下部プレナム"ハード"デブリの断面BSI [38] - 事故時のピーク温度: >2810K、局所的に3120K近くに到達。#(U,Zr)O2は溶融の痕跡、一部UO2が融点直下の痕跡あり。 #ルースデブリと同様
- FP分布: ルースデブリと同様
- 同位体比: ルースデブリと同様
- 事故時のふるまいの推定: ルースデブリと同時期に形成。ルースデブリよりやや徐冷されて凝固。バルク酸化物相が凝固した後に、第二相酸化物の液相がかなり低い温度域まで残留した可能性。このため、固液混合状態が形成され、圧力容器への伝熱が阻害された可能性。
下部ヘッドの調査
1989年3月から6月にかけて、下部プレナムに堆積していた燃料デブリの取り出しが進められた。燃料デブリや案内管などの構造物の切断/解体には、コアボーリング装置とアークプラズマ装置が利用され、取り出し作業はテレビカメラで撮影された。1989年7月には、燃料デブリ取り出し後の下部ヘッドのビデオ撮影が行われた。その結果、一部のインコアモニター案内管のノズル近傍に、案内管の破断と圧力容器内面のクラック形成が観察された(図40)。同年8月には、クラック近傍に高解像度カラービデオと探査プローブが挿入され、クラックは最大15cm長、0.6cm幅、0.5cm深さであり、圧力容器の損傷は表面にとどまっていたと判定された[1]。
圧力容器の損傷モードを解明し、TMI-2事故では圧力容器破損条件に対してどこまでの状態に至っていたのか(損傷までのマージン)を調査する国際プロジェクトが実施された。1990年2月頃に、燃料デブリ取り出し工程を約2か月中断し、下部ヘッドからのサンプル切り出しが行われた(図41)。15個の圧力容器内壁サンプルと、14個のインコアモニターノズルサンプル、2本の案内管サンプル、が回収され、熱的な損傷、化学反応、残留強度、などが調査された。この調査と分析は、TMI-2 Vessel Invertigation Project (VIP計画)として、OECD/NEAでの国際協力で行われた[1,38]。
-
図40 圧力容器下部ヘッドの破損部位[1]
-
図41 下部ヘッドのサンプリング部位[1]
.
圧力容器内の状態推定の変遷④:最終形態
図42に、ボーリング調査の直後の推定図と、炉心下部の調査やサンプル分析で明らかになった最終形態とを比較して示す[1,2]。切り株燃料集合体取り出しにともなう炉心下部の画像調査とコアフォーマ領域の調査により、下部プレナムへのデブリ移行経路とコアフォーマ領域内のデブリ堆積量が解明された。また、下部プレナムデブリの回収と分析により、下部プレナムデブリの深さ方向の堆積状態と圧力容器との接触状態が解明された。図43に、圧力容器内部の最終形態を再掲する。これは、多方面で広く知られている図である。表3に、領域ごとの概要(デブリや構造物の状態、調査の方法、推定結果、デブリ取り出し方法)をまとめる。


.
| 領域 | 概要 | 調査方法 | 主な観測結果と推定 | 解体/回収の方法 |
|---|---|---|---|---|
| 炉心上部構造物 | ・上部格子以外はほぼ健全、上部格子の一部に溶融/付着の痕跡と変色 | ビデオカメラ
放射線計測 付着物サンプリング Overhead Chracterization Study |
・上部プレナム内構造物の事故時ピーク温度は、700-1255Kと推定
・インコネル溶融の痕跡から、上部格子の事故時ピーク温度1700Kと推定(参考:燃料デブリの分析(特徴、経験温度)) ・上部格子の変色状態から、事故時に水蒸気酸化(上部ルースデブリが再冠水した際に発生)が発生したと推定(参考:TMI-2での事故進展に伴うデブリ移行挙動) ・上部格子への付着物の分析から、残留した燃料集合体でも下の方で溶融していたこと、制御棒成分が溶融して付着していたと推定 |
Dirty Lift工法
#大気中で上部ヘッドを取り外し、上部構造物を切断解体 |
| 上部空洞
燃料集合体の一部が残留 |
・本来炉心に対して約26%の容積(約9.3m3)、約1.5m深さの空洞
・炉心周辺に42個の燃料集合体が一部残留(うち、2体のみほぼ本来形状を維持) ・上部格子の一部に、燃料集合体の上端の一部が固着 |
ビデオカメラ
ソナー 放射線計測 サンプリング |
・画像データから、空洞容積と境界、残留していた燃料集合体の保持状態を推定
・サンプル分析で、残留燃料集合体内に大きな温度勾配があったことを推定、また、外観が維持されている燃料集合体であっても、燃料棒/制御棒の内部で溶融進展したと推定 ・スクラム後174分での冷却水投入タイミングで高温酸化し脆化した燃料棒が崩落して形成と推定 |
長尺ツールにより、破砕/切断、瓦礫状、粒子状、スラリー状に分類し、収納缶に回収
#収納缶への充填率向上が課題 |
| 上部ルースデブリ | ・重量約26t、堆積厚さ約0.6-1m、瓦礫状/粒子状の物質が堆積
・1~5mmサイズの粒子状成分が約80%を占める ・深さ方向に、かさ密度が増加 ・粒子状のデブリがほぼ均質に分布 |
ビデオカメラ
ソナー 放射線計測 サンプリング 探針 |
・探針調査により、堆積厚さが約1mであると評価、さらに炉心周辺部に馬蹄形リング構造を同定
・画像調査、探針調査により、堆積範囲と重量を推定 ・画像調査、探針調査、サンプル分析により、瓦礫状/粒子状の燃料デブリが比較的均質に堆積していると推定、構成成分が5群に類型化できると評価 ・サンプル分析により、溶融崩落時のピーク温度が>2800K、局所的には>3100Kであったと推定、一方で、平均的には高々2000K(あるいは、高温に曝されていたとしても極めて短時間)であったと推定 |
同上
デブリバケツを利用 #収納缶への充填率向上が課題 |
| 馬蹄形リング構造 | ・上部ルースデブリの外周部で、瓦礫状などのデブリが凝集していた領域
・化石のように、破損燃料棒などが、馬蹄形リング構造物に固着 ・内面は石畳のような状態 |
ビデオカメラ
探針 |
・上部ルースデブリ取り出しの過程で存在を確認
#この時点では、冷却水の水質が悪く、状態把握に時間を要した |
同上 |
| 溶融凝固層
上下クラスト層 |
・重量約33t、炉心中央から約3m径、炉心中央で約3m深さ、炉心中間領域で約0.25cm深さ
・炉心物質由来の溶融凝固した酸化物相と金属相の混合物が非均質に分布 ・金属相の体積割合は、溶融凝固層で約15%、上部クラストで約25%(溶融凝固層内でも、クラスト層に近い部分で金属相が多い) ・下部クラスト層は、縦に積層化した燃料ペレットが残留し、その周囲を溶融凝固した(一部酸化した)金属相が充填している形態 |
ボーリング
ビデオカメラ 放射線計測 サンプリング |
・上下クラスト層、溶融凝固層、切り株燃料集合体の成層化構造を検出し、物量と分布を推定
・サンプル分析により、上部クラスト層と溶融凝固層の構成成分、金属相と酸化物相の体積割合を推定、さらに事故時ピーク温度が>2800K(局所的に>3100K)と推定、また、溶融凝固層が多孔質でもろいことを推定 ・サンプル分析により、下部クラストの構成成分と堆積状態を推定、さらに事故時ピーク温度が高々2200Kであったと推定 ・これらから、いったん堆積したルースデブリベッド内で溶融プールが形成されたこと、その際に上部クラストが溶融プールとルースデブリの界面に形成あれたこと、下部クラストは初期に崩落した成分が健全な燃料棒の隙間に堆積して形成されたこと(スクラム後174-224分頃)、などを推定 |
同上
#コアボーリング装置を利用して、クラスト層や溶融凝固層を破砕 |
| 切り株燃料集合体 | ・重量約45t、炉心中央で残留高さ約0.2m、炉心周辺で約1.5m、溶融凝固物の一部侵入により互いに固着 | ボーリング
ビデオカメラ 放射線計測 サンプリング |
・下部クラスト層と切り株燃料集合体の接合状態を観測、事故後には、切り株燃料集合体と下部クラストおよび炉心周辺の燃料集合体で、上部ルースデブリと溶融凝固層を支える構造だったと推定
・画像解析により、下部クラストから部分的に溶融物が集合体の隙間に侵入していた痕跡を検出 ・サンプル分析(健全燃料棒の断面組織観察)から、事故時のピーク温度は高々1100Kと推定 ・画像解析とサンプル分析により、切り株燃料集合体領域は、事故時に常時水没していたと推定 |
アークプラズマ装置を利用して、切断・解体
長尺ツールにより、主にFuel用の収納缶に回収 |
| 炉心下部の支持構造物 | ・本来の5層構造形状を維持
・主に2か所で、溶融した燃料デブリの移行パスを形成 ・移行パス周辺でデブリが付着 |
ビデオカメラ
放射線計測 |
・ほぼ本来形状を維持を観測
・主に2か所で、溶融した燃料デブリの移行パス形成を観測 |
同上
#付着デブリは、ブラシ状のツールで剥ぎ取り |
| 下部プレナム領域 | ・重量約12tのルースデブリと約7tのハードデブリが堆積、堆積範囲は約4m径で約0.75~1m深さ
・比較的表面側のルースデブリ中では、堆積物サイズは微粒子から約0.2mまで、比較的底部側のハードデブリは、0.5~0.7m深さの溶融凝固層 |
ビデオカメラ
放射線計測 サンプリング 探針 |
・画像解析と探針調査により、堆積物重量と分布、概略形状を推定
・サンプル分析により、酸化物、金属、混合物の3領域に大別されること、酸化物相には燃料棒由来成分だけでなく構造材由来の酸化物も含まれること、その凝固時に酸化物相が固液分離したこと、などを推定 ・画像解析とサンプル分析により、粒子サイズの分布、ハードデブリの堆積厚さなどを推定 ・さらに、事故時のピーク温度や溶融デブリと圧力容器の接触状態を推定 (参考:燃料デブリの分析(特徴、経験温度)、参考:TMI-2での事故進展に伴うデブリ移行挙動、参考:RPV下部ヘッドで採取された燃料デブリ試料の分析結果(微細構造)とデブリ移行メカニズムの推定) |
長尺ツールにより、破砕/切断、瓦礫状、粒子状、スラリー状に分類し、収納缶に回収
コアボーリング装置、アークプラズマ装置、スライドハンマーなどを使用 |
| 下部ヘッド | ・ホットスポット周辺で、クラックや溶融の痕跡 | ビデオカメラ
放射線計測 サンプリング |
・クラックは最大15cm長、0.6cm幅、0.5cm深さであり、圧力容器の損傷は表面にとどまっていたと判定
#国際協力による分析と評価(VIP計画) |
長尺ツールでサンプリング |
| コアフォーマ領域
(バッフル板の外側) |
・全周の約3/4に約4tの燃料デブリが侵入
・溶融デブリが下部プレナムに移行した破損穴 |
ビデオカメラ
放射線計測 ファイバースコープ 探針 |
・画像データと線量データの組み合わせで、全周の約3/4に約4tの燃料デブリが侵入と推定
・溶融デブリの下部プレナム移行経路を推定 |
アークプラズマ装置でバッフル板を8枚に縦切り、吊り上げて90度回転させ、長尺ツールでデブリを除去 |
| 圧力容器外の燃料デブリ | ・約228kgが圧力容器外に移行/分布、冷却水系フィルターやタンクなど | ビデオカメラ
放射線計測 |
・画像および線量データから、物量を概略推定
#事故前の核燃料物質の<900kg(<1%)が残留と評価 |
領域ごとに追加回収 |
圧力容器外からの燃料デブリ回収
事故進展中に燃料物質の一部が圧力容器外に漏洩したと評価された。また、燃料デブリ取り出し作業中に、一部の燃料デブリが主に冷却水系に移行したと評価された。このような燃料デブリは、TMI-2炉の最終的な廃炉の際に回収することにされた。様々な計測器で燃料デブリ残留量が評価され、その再臨界可能性は、超保守的な条件での解析によって排除された。
- 冷却水系(RCS: Reactor coolant system)からのデブリ回収: 約228kgの燃料デブリが、事故進展中にRCS系統に移行した。さらに、燃料デブリ取り出し作業中に、約170kgの燃料デブリがRCS系統に移行したと評価された。RCS系統からの燃料デブリ回収作業により、加圧器と配管類からは約90%のデブリが、蒸気発生器配管からは約70%のデブリが回収された。
- 原子炉建屋からのデブリ回収: 事故進展中に、加圧器の圧力逃し弁から、微量の燃料デブリが原子炉建屋内に放出された。建屋地階床のはつりと汚泥取り除き作業により、約4kgの核物質を含む約4900kgの泥状物質を回収した。汚泥取り除き作業では、地階の床面積の約40%から、汚泥の90%以上を回収した。約75kgの燃料物質が、まだ、建屋内に残留していると推定されている。その多くが、切り出した圧力容器内の構造物への付着と考えられている。
補助建屋、燃料取り扱い建屋からの燃料デブリ回収
少量の燃料デブリが、事故進展時および燃料デブリ取り出し時に、冷却水系を通じて、補助建屋に移行したと推定されている。約3kgの燃料物質が冷却水浄化系から回収された。約370gの燃料物質がイオン交換系のオリフィスから回収された。補助建屋内の燃料デブリ残留量は<17kgと推定されている。
燃料デブリの構外輸送
アイダホ国立研究所(INEL)への燃料デブリ輸送は、1986年7月に開始され、合計で342個の収納缶を混載した49個のキャスクが輸送された。輸送は1990年4月に終了した。
燃料デブリ取り出しの安全評価
燃料デブリ取り出しにかかわる以下の項目について、許認可に向けた安全性評価が行われた。臨界性、ホウ素の希釈、崩壊熱除去、火災対策、水素発生、工学的安全性、装置・器具の干渉、1号機への影響、重量物の落下、作業員の被ばく(内部被ばく、外部被ばく)、自然発火性、放射線防護(ALARAの原則による)、放射性物質の放出、圧力容器の強度、耐震性、遮蔽、重要機器の防護、など。ここでは、そのうちのいくつかの項目について概要をまとめる。
ジルコニウム水素化物の自然発火性に関する検討
PEISレポート[5]において、TMI-2事故では乾燥水蒸気と燃料被覆管のジルカロイが反応してジルコニウム水素化物(zirconium hydride)を形成した可能性があり、水素化物は高温で水蒸気と反応すると水素を発生しつつジルコニウム酸化物に変化する特性を有することから、ジルコニウム水素化物が微粉化すると水中で自然発火する可能性について検討された。模擬試験などに基づく結論として、水中での自然発火は起こらないと結論づけられた。一方で、炉心上部構造物の撤去作業では、リードスクリュー案内管、CRGT、上部プレナム保護板、などが空気にさらされるため(将来的には燃料デブリも空気にさらされるため)、ジルコニウム水素化物微粒子の空中での自然発火性は許認可の必要項目に位置付けられた。
NRCは安全評価項目として、
- TMI-2事故の条件では、自然発火が発生するのに十分な量のジルコニウム水素化物が形成されなかったこと
- 仮に自然発火に至る物量のジルコニウム水素化物が発生していたとしても、事故進展中のガスフローでは上部プレナムに移行しなかったこと
- 自然発火性の微粉末が酸化物デブリ中に分散、あるいは混入していたとしても、自然発火条件には至らないこと
を指摘した。
Underhead Characterization Study(上述)では、炉心上部のリードスクリュー付着物の分析(自然発火性物質の探索、粒子サイズの分析)と付着物サンプルの空中での熱分析試験が行われ、炉心上部構造物が空気にさらされても自然発火が発生する可能性は極めて低いと評価された[34]。さらに、上部ルースデブリサンプルの一部を使った着火試験(湿潤条件、乾燥条件)が実施され、上部ルースデブリの取り出し作業においては自然発火が起こる可能性は極めて低いと結論された[18]。しかし、この時点では、溶融凝固デブリや切り株燃料集合体中に、U-Zr合金が形成されている可能性が考えられており、その切断/取り出しに向けた追加の検討が必要であると指摘された。
さらに、取り出したデブリの特性や形状に基づく自然発火可能性の評価が行われた[28]。その結果、200-300ミクロンより大きいサイズの微粒子は発火性が極めて低いこと、一方で、微粒子はすでに表面が酸化しており発火性が低いことが確認された。一方で、金属ジルコニウムの微粉末が水中に存在する場合には、ゆるやかな金属火災が継続することが模擬試験で示された[20]。したがって、金属ジルコニウムを多く含む物質を貯蔵する際には、乾燥させること、酸化性ガスを混入させないこと、微粒子を発生させないこと、などが指摘された。燃料デブリについては、自然発火性ではなく、貯蔵時や開封時の水素発生が重要課題であるとされた。
#備考:1F燃料デブリについて・・・ TMI-2事故と1F事故では事故進展条件が異なり、1Fでは燃料デブリの酸化度が低く、ジルコニウムやウランの金属が残留している可能性がある。TMI-2の燃料デブリ取り出しで結論づけられた、粒子サイズが200-300ミクロン以上の場合には自然発火の可能性が極めて低いこと、微粒子の場合には表面酸化しており自然発火可能性が極めて低いこと、事故進展における高温溶融過程を経ると金属系の微粒子が形成されにくいこと、などを基礎知見として抑えつつ、実デブリサンプルの分析結果に基づく検証が望まれる。1F燃料デブリの場合にも、自然発火性よりは、貯蔵や処分における、水素発生が課題になると考えられる。
以下、執筆中(重量物、再臨界、圧力容器健全性、など)[文献39]
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![図6(a) Quick Look調査で見つかった炉心中央上部の堆積物 [1]](/wiki/nsfr_img_auth.php/e/ec/QuickLook_2.png)
![図26 ボーリング調査前後での炉内状況推定図の精緻化 [1,2,16]](/wiki/nsfr_img_auth.php/0/01/QuickLook_36.png)